November 07, 2005

初の夫婦コラボ

何だか、何が忙しいんだかよくわかんないけど、いつの間にか時間だけが経って焦る日々。
ただでさえ高くない処理能力が、ますます落ちてきたかな?

この2ヶ月の間も、いろいろありましたね。いろんな人が、いろんな役職に着いたようですね。
いよいよ改革一本道を競争することになった前原さんは、政界の郷ひろみっていうよりは、寄生獣が取り付いた郷ひろみにしか見えないのですが、いかが?
いまやただのセレブになりたいおバカさんでしかない猪口邦子センセが、使い捨てにされている自分を知ってか知らずか、不思議熟女を気取るのは、見ていて辛くなりますね。
そんな中で、キャノンの御手洗さんが次期経団連会長に決まったのは、ちょっとだけ期待できるかも。ほんのちょびっとだけですが。

ま、それはともかく、こっちはこっちで淡々と生きているわけですが、先日こんなのに行ってきました。
自分でエントリを書く気力まではなかったのですが、妻のブログで、随分議論が盛り上がったので、ぺたっとな。これ以上、妻のコメント欄でハシャぐのも何なので。
そういや、妻のブログの存在を書くのは初めてでしたかな。

あらためて上記コメント欄での自分のカキコミを見直すと、この辺の時期とは、かなり立ち位置が変わってきたようにも見えるかもしんない。でも、自分的にはそんなに大きく離れた自覚はない。今でも、彦根や長浜を訪ねたときに感じたことは、まったくリアルに反芻される。
確かに、上野や地元の柏でのいろんな経験の中で、商店主の立場とかに、以前よりも同調的になってきたという側面はある。ただ、やっぱ基本的には何段構えもの戦略が必要な中でのコインの裏表として、問題意識は繋がっているつもり。この線でやってみて行けるとこまで行こう、それで行き詰まったら各方面負荷のかかる無理をしないで撤退戦、そんでもダメなら発想転換してここに引きこもって新たな価値を模索しよう、みたいな。で、どこで戦線がやばくなるかわからないので、何段構えもの布陣の構築を同時並行的に準備しておこう、と。

(何言ってるかわかりませんね。個人的なメモですので悪しからず。)

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September 01, 2004

常磐線ユーザーにはお馴染みかな?

クロほぼ確定ということで、前のエントリはまたまた評判悪くなってしまいそうですね(泣)
ま、しかしJOCのあの下手くそなやり方は、いまだに気分が悪いということで。

それにしても、「直腸に仕込んだ尿のパックから管を通して、性器から尿が出ているように見せかけた」もしくは「空にした尿道に注射器で他人の尿を仕込んだ」ってあんた、簡単に言うけど、そんな痛そうな仕込みをした直後に83メートルハンマー投げるって、あんたやっぱすごいよ、アヌシュさん。


さて、荒川区三河島近辺が、主に済州島出身者を中心とした、関東でも有数の在日コリアン集住地帯だということを知っている人も多いはず。
三河島っていう駅は、ホームの端っこに階段があるので、ここで降りたい人は、下り電車なら必ず一両目に乗るのね。それで僕は、夜上野駅で次の始発待ちをせずに立って帰るときは、絶対に一番前の車両に乗って、三河島で降りそうなオモニを徹底マークすることにしている(笑)
修行の結果、驚くべきことに、6~7割ぐらいの確率で三河島で座れるようになったぞ。(男性より女性、しかも中高年がわかりやすい。ポイントは微妙な化粧の違いかな?)

ま、それはともかく。
この駅は高架の上にあるんだけど、そこから、お爺ちゃんがゲートボールに興じる砂利敷きの公園を隔てて、3階建て(4階建てだったかな?)の「在日本大韓民国民団」いわゆる民団の荒川支部の建物が見えます。
で、そこにいまだに懸かってるんですよ、「祝 北島康介選手 二冠達成」の垂れ幕が。

いや、母国のテコンドーやアーチェリーの金メダリスト(女子アーチェリーって韓国の独壇場なの知ってました?)を差し置いてこれっていうのは、すごいことですよ、実際。
あの垂れ幕をかけるまでに、民団の支部内部で何がしかの議論はあったのかもしれないけど、東京湾景が月9になるいま、民団は、このレベルまでシグナルを送ってるんですね。

何はともあれ、荒川区の生んだ空前絶後のスターを素直に称える垂れ幕に、言葉の真の意味での健全な「郷土愛」の萌芽を感じちゃうのは、楽観的に過ぎますか?

都市は、ネイションを越える。
ならば、その都市の一角を郷土とする人々から、郷土をネイションの桎梏から解き放つ動きが生まれる可能性を見つめたい。(と、書きながら、カナ~リ恥ずかしいセリフだが)

でも、そのシグナルに応えなきゃならない側の日本人はというと・・・
相変わらずレベルの低い「認定」におだを挙げる人々が群れてて、泣けてくる。
事実かどうかはまったく知らないが(そしてそんなことは本当にどうでもいいが)、これがかなりの信憑性を帯びながら白熱していくのも、「荒川区」がさんざんメディアで喧伝されたがゆえだろう。さすがに、あの垂れ幕を見て始まった議論ではないみたいだけどね。

ところで、もし彼らの言うように北島康介が朝鮮半島のバックグラウンドを持っている日本国籍者だとして、だとするならば尚更、民団の垂れ幕は「快挙」だってこと、この連中にはわからないだろうな。

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August 04, 2004

ここは「どこ」だろう?

いま、出張先の近江は彦根のネットカフェにてこれを書いているのですが、ここにたどり着くまでになかなか紆余曲折がありました。

今回の用務先は滋賀県立大学。彦根駅と南彦根駅という二つの駅から、それぞれ15分程度の所要時間のバスの便があります。
出張での僕の宿泊先選定の最優先事項は、環境のいいネットカフェがあるかどうかに尽きる。おっ、「彦根 ネットカフェ」でググると、彦根駅前と、南彦根駅から歩いて15分ぐらいの国道8号線沿いにあるぞ。国道8号線のほうは、郊外型ネットカフェ界の覇者、自遊空間かぁ。これは最低限計算できるな。彦根駅前は・・・「ワンデイ」、独立系か・・・サイトもないことに一抹の不安が・・・

さて、宿を取る場所の候補はどうやら二つ。
井伊大老のお膝元、国宝彦根城を1km先に臨む彦根駅近辺にするか、郊外型店舗が集積しているらしい、南彦根駅から10分ほど歩いた国道8号線沿いにするか。

結果的に、駅から結構歩くのと、南彦根駅には新快速が止まらないということで、彦根駅近辺のビジネスホテルを取ったのだけど、これが大失敗。
空き時間に彦根城にでも行きたいし、なんてくだらない色気を出したのが大失敗の元だったね。

一仕事終えてホテルにチェックインし、飯でも食いにいくかと外出しても、彦根駅近辺は、7時には店じまいしたシャッターと、年中無休で閉まりっぱなしのシャッターだらけで、夕飯を食べるにもチョイスが少ない。で、肝心の「ワンデイ」・・・ 20時時点でもう、思いっきり閉まってました(泣) 床屋の二階の立地なのですが、床屋が閉まると上も自動的に閉まるらしい。

が、どうしても今日中にしなければならない仕事があったので、小雨の中、仕方なしに一駅乗って南彦根へ。

すると、どうでしょ。駅前から8号にかけて、おなじみの看板、看板、また看板。どこもかしこもこれまたおなじみ、自慢のシャコタンで乗り付けるヤンキー様で賑わっております。
「自遊空間」の場所などチェックしてはおりませんでしたが、松原隆一郎センセがこき下ろすロードサイドのネオンに誘われるまま、8号らしき道に向かって適当に歩いていると、カラオケとゲーセンとビリヤードとネットカフェに、3on3やミニサッカー・コート、子供の遊び場やミニシアターまでついてるスーパー複合施設を程なく発見。
目当ての自遊空間ではありませんでしたが、快適な半個室で、ヤンキー娘のがなる中島美嘉をBGMにこれを書いてまつ。

それにしても、国宝・彦根城を抱える元雄藩の城下町で、こうなりますか。厳しいですねぇ。
「下妻物語」にかこつけたtrick fishさんのブログで、「邪巣子文明」の強烈さが論じられていたけれど、日本全国どこでも、中小地方都市は、すっかりこういう人と金の流れになってしまっているわけですね。


ただ、彦根のお隣の長浜市は、ちょっと別の展開をしている。郊外で成功した非商業主がNPO法人「黒壁」を立ち上げて、シャッター商店街と化した「太閤ご下賜のご朱印地」に投資してジェントリフィケーションをし、観光まちづくりに成功している。長浜というのは、関東ではマイナーな地名だけれど、全国のまちづくり業界の中では、奇跡の中心商店街V字活性化を達成した事例として、ちょっとしたカリスマだ。

しかし、長浜を歩いてみると、微妙な違和感を感じるのも事実。NPO法人「黒壁」が選んだまちづくりのための新たな産業は、ガラス。ガラス工房が集積し、かなりの観光客を集めているのは事実なんだけど、総じて単価は高く、あくまで観光客向け。「黒壁」に触発されてできた、近江牛を売り物にするような新しいこじゃれたレストランも、地方小都市としては破格に高い値段設定で、京阪神からのちょっと小金を持ったおばちゃんたちを主な客層にしている。
長浜の中心街、「黒壁スクエア」で流行っている店はだいたいそんな感じで、昔からあると思しき電気屋や洋品店は、相変わらずシャッターを閉めてるか、細々とヤンキーにボンタンを売って糊口をしのいでいる。

つまり、長浜では、中心商店街という空間の活性化は劇的になされたのだけれど、それはあくまで空間の再活性化であって、商店街そのものの再生ではない、というところがミソだ。もちろん、観光客向けの店が集積したお陰で、80年代には1時間で4人しか通らなかったというような通りを、週末には圧倒的な人出が埋め尽くすようになり、それは既存の商店街にもかなりの波及効果をもたらしているだろうが、長浜の中心市街地の復活が、地元の人が集う生活空間としてではなく、外に向けられた、もっと言えば、「外貨獲得」のための消費空間としてなされていることは否定できないだろう。

もちろん、シャッター商店街よりは、どんな形であれ活性化したほうが、ぐっとマシだ。シャッター商店街は、いいも悪いもなく、端的にゼロなのだから。
しかし、観光客という気まぐれな群れに依存して街を塗り替えたのち15年ぐらいして、気まぐれな魚たちが次の漁礁を目指して一気に離れていったとき、その街には何が残るだろう、と考えると沈鬱な気分にもなる。東京ディズニーランドであれば、魚の群れを逃さないために無尽蔵な追加投資もできようが、地方都市のNPOでそれをするのは、地獄道だ。


それより、僕らはそろそろ、南彦根の8号線沿いのような「名前のない郊外」に名前をつけていくという方向性を、真剣に考えなければならないのじゃないだろうか?
生活空間が、どこでもない取替え可能な風景に包囲されるのを嘆くだけでなく、それが必然であるのならば、少なくとも自分の主観にとってだけは、どこでもない場所ではないような何かを充填し、読み替えてゆくこと。それが、言葉の真の意味で「住まう」ということなのだろうと思う。

ちょうど、「木更津にスターバックスができますように」とお祈りしながら、バンビやぶっさんとのおバカな日常を充填することで、シャッター商店街やシケた護岸をかけがえのない遊び場にしていったモー子のように。


※コレはずいぶん前に書いた記事ですが、最近遠藤哲夫さん(この方との愉快な邂逅については、またエントリをあらためて触れようと思っているが)が書いた記事に、とても似たような問題意識があるように思えたので、今更ながらにトラバさせていただきます(2005.4.3)

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June 26, 2004

とても重い話

@nifty:NEWS@nifty:“異国人”少女に心の傷…男児突き落とし事件(読売新聞)

うーん。唸ってしまう。
戦争で日本軍の被害にあっていて、「少女の小学校での成績は優秀で、現地語のほか、英語、中国語にも習熟していた。」というくだりから考えると、マレーシアだろうか。
しかし、教師までもが暴行していたっていうのはすごいな。

とりあえず、現時点ではこれ以上の論評不能。
いや、生半可な好奇心しか持ち得ない限り、論評するべきではない事件だろう。
特に、「ポストコロニアル」だのなんだの変な冠を安易につける誘惑には抗したい。

しかし、重要な事件ですよ、これは。「個別」ではあるけど、「特殊」ではないというような。
前のエントリにひきつけて言うのなら、こちらの事件の方が、今後の日本を考えるに、よほど「イレギュラー」なものではなくなる可能性が高い。

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June 25, 2004

イレギュラー・バグ

用意していたまとまった文章ではないのだけれど、ちょこっと面白いことを。

Scrambled Eggs

少年犯罪は戦後すぐの時期の方が今よりはるかに多い、という事実は、話としてはもちろん知っていたけれども、最近あらためてそれを実感している。

ここのところ、いわゆる上野の「闇市」時代の歴史を調べる一環で、昭和21~27年ごろの新聞記事における上野にまつわる犯罪記事を洗っている。
この時期といえば、まずは横流しや禁制品がらみの経済事件、それからヤクザがらみの暴力沙汰、民族がらみの「騒擾事件」といったイメージで、実際それらの事件は多いんだけれど、少年犯罪の記事も非常に目立つ。

中でも浮浪児が溜まる上野駅の地下道は、「関東一円の少年犯罪の巣」という形でフレームアップされ、特に昭和23年6月までの断続的な「刈り込み」が行われた時期には、連日3面を賑わしている(正確には、当時の新聞は表裏一枚だけだったので、「裏面」ね)。
江戸川区あたりで行われた少年強盗の記事も、「上野育ちの五人組」なんていう見出しをつけられ、すっかり少年犯罪のメッカというフレームアップだ。それも、昭和23年ごろになると、上野駅の地下道の少年たちは、「貧しさ故にここに寝泊りしているわけではない」こちが強調され始めているのは、ちょっと意外でしょ?

さらに面白いのが、昭和23年という「食うや食わずの」(とわれわれがイメージする)時期に、「猟奇犯罪小説に影響を受けた中学生が、小学生を刺殺」というような事件が起こっていて、しかも、「暴力的なメディアの悪影響」というお決まりの議論で短い記事が締めくくられていることだ(笑・・・うとこじゃないけど笑ってしまう)

neutralさん言うところのイレギュラー・バグ・エラーは、こんな時代にもしっかり起こっているわけだ。
ただし、もっと重要なことに、この事件は、当時の新聞紙上でイレギュラーなものとして「流され」、連日の追いはぎや強盗や労働争議、あるいは阪神教育闘争(やや一面的な記事だけど、これを)を含む「騒擾事件」の前に、大した関心を引くこともなく、すっと消えていっている。
もちろん、当時の新聞紙面があまりにも少ないということも関係あるのだろうけど、結局のところ、こういう「満たされた少年による猟奇犯罪」が、イレギュラーなものであり、殊更に社会的議論に対象とするにはあたらないものだと、当時の社会のメンバーに理解されていたということではあろう。

かつて、酒鬼薔薇事件のときに宮台サンは、「いつの時代も、どんな社会も、一定割合の人格障害や、個別の家庭問題や、個別の教師暴力は、必ず存在する。だがそういう問題を持つ者が「何をするか」は、社会環境の関数である」(まぼろしの郊外)と言っていたけれど、こう言い換えた方がいいんじゃないだろうか。
「いつの時代も、どんな社会も、一定割合の人格障害があるし、動機はどうあれ、結果として引き起こす「イレギュラーな何か」も一定の割合で起こるけれども、それが社会病理を象徴するものとして了解され、フレームアップされるかどうかは、社会環境の関数である」と。

う~ん、言ってしまえばごく当たり前の、つまらん構築主義やなぁ(笑)

つーか、トラックバックってこれでいーの?

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April 08, 2004

4・1 東京メトロ

そういえば、こんな幸福な「民営化」もないわけで。
横浜市交通局が泣いて羨むぞ。

ところで、あのちょっと浮いたロゴマークには、まあそのうち慣れては来るだろうけど、"How could I go to H17?"と外人に聞かれて、"Ah, to Ueno, you should change at・・・"とすらすら答えられるようには、一生ならないだろう。
日本国と東京都のヒステリックな「Yo-Koso」だの「千客万来」だのもここまで来たかと感慨ひとしおではあるが、やはりコレはちとやり過ぎでしょう。僕の知る限り、ここまでやっちまった都市はない。確かに、プラハは、A・B・Cの三線だったし、ブダペストもM1・M2・M3の三線だったけど、これはむしろコミュニスト遺構というべきものだし。それにしても、駅にはしっかり固有名ついてたぞ。外国人観光客対策ならば、ワンデーパスとパスネットで十分だと思うのだが。
わかってることとは言え、G(銀座線)もT(東西線)もZ(半蔵門線)も、すべての路線が西からナンバリングされてるっていうのも、微妙に切ないし。

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3・30 北千住

わりと最近乗り換え頻度の高いこの駅なんだけど、今年の頭ぐらいから妙に「見せる警備」とやらの制服組が目立ってきてた。
でも、「主要ターミナル駅」とも言えそうにないこの駅で何を警戒?とよく友達と話していたのだけど、ここ最近警備が緩くなって合点。ここの警戒は、テロはテロでも、AはAでも、あっちの「A」だったのね。東京拘置所は、目と鼻の先だもんね。

この北千住駅の西口も、長年再開発が進行していたが、ついに荒川側の一角のジェントリフィケーションが完成。
駅ビルには、駅から直で入れるフロアに、場違いな「成城・石井」なんてできてやんの。目を輝かして薀蓄タレながら買い物をする母娘連れ(しかしファッションはしっかり足立流)とかいて、ちょっとビックリ。

とか何とか言いながら、自分もアメ横センタービル地下で買い忘れたタイカレーのペーストを購入。いつものメープロイ・ブランドだけど、グリーンに加えて、珍しくレッドも購入。

で、うち帰って早速、茄子・筍・赤緑ピーマンに鶏モモ肉のレシピで作ってみるんだけど、激辛のペースト(いわゆる「カー」)をいくら入れてもどうにも「レッド」に見えない。つか、グリーンカレーとの「色」の違いがわからない。
まあ、茄子の皮の色素が溶け込んで、どっちも汚い茶色に近づいているんだろうけれども、久しぶりに自らの赤緑色盲の気を意識いたしやした。(←これ、ホント。自然光の中ではまだマシなんだけど、蛍光灯の光の下では、ほかのみんなが「茶」と認識する色を、「モスグリーン」と称する傾向が異様に高いのです)

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3・28 桜も人ごみもおなか一杯

いつかはこんな日が来るかな、とも思ってはいたが、隊長様からの招集メールで、急遽これのお手伝いをさせていただく。(「変身」したかどうかは、ナイショ♪) 「希少動物」を守るため、春爛漫の上野動物園に出動いたしました。

しかし、こうゆうの、好きですよ。
「下町」なんつったって、以下に本物らしくつくろっても、それを商品化していくためには、フェイクやファンタジーな部分を持たざるを得ないことは言うまでもない。(たぶん「遠野」でも「バリ」でも同じね)
もちろん、それは「商業地区活性化」には必要なことだし、そういったファンタジックな形であれ、地元のアイデンティティが保存されていくのは素晴らしいことだと思うけれども、中にはそのフェイク具合に息苦しさや気持ちの悪さを感じ始める地元の人たちが出てくるのも当然の話。フェイクをフェイクとわかって商売してるうちはいいんだけど、お客さんのみならず、ノリのいい地元の人たちまで乗せられちゃって、商品として構築したはずの「下町」が何がしかの連綿と続いたオーセンティックなものだと思い込んじゃうような事態も、往々にして起こるのですね。

そんなことから考えると、「初手からフェイク」「日本全国どの商店街でも入れ替え可能」なために、オーセンティシティなんて発生しようのないこういう企画が地元から出てくると、ある種の気持ちの悪い「下町」言説への解毒剤になりうるわけです。ウチに対しても、ソトに向かっても。
それに、本当に「入れ替え不可能な地元アイデンティティ」なんていうものは、お仕着せで与えられた街のイメージの中にではなく、(グダグダなフェイクだと自覚してるが故に)ブーブー言いながらでも、みんなで新しいものを作っていこうという何らかの初発の共同性の中からしか、生まれ得ないものだと思うのです。

というわけで、もう少し継続的にこの企画には注目。(というか巻き込まれ?)


本日はその後、有楽町でのT君の送別会飲みで終電を逃し、上野に舞い戻ると、ここで案の定Mさんご一行様に遭遇。夜通し盛り上がる。

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