いま、出張先の近江は彦根のネットカフェにてこれを書いているのですが、ここにたどり着くまでになかなか紆余曲折がありました。
今回の用務先は滋賀県立大学。彦根駅と南彦根駅という二つの駅から、それぞれ15分程度の所要時間のバスの便があります。
出張での僕の宿泊先選定の最優先事項は、環境のいいネットカフェがあるかどうかに尽きる。おっ、「彦根 ネットカフェ」でググると、彦根駅前と、南彦根駅から歩いて15分ぐらいの国道8号線沿いにあるぞ。国道8号線のほうは、郊外型ネットカフェ界の覇者、自遊空間かぁ。これは最低限計算できるな。彦根駅前は・・・「ワンデイ」、独立系か・・・サイトもないことに一抹の不安が・・・
さて、宿を取る場所の候補はどうやら二つ。
井伊大老のお膝元、国宝彦根城を1km先に臨む彦根駅近辺にするか、郊外型店舗が集積しているらしい、南彦根駅から10分ほど歩いた国道8号線沿いにするか。
結果的に、駅から結構歩くのと、南彦根駅には新快速が止まらないということで、彦根駅近辺のビジネスホテルを取ったのだけど、これが大失敗。
空き時間に彦根城にでも行きたいし、なんてくだらない色気を出したのが大失敗の元だったね。
一仕事終えてホテルにチェックインし、飯でも食いにいくかと外出しても、彦根駅近辺は、7時には店じまいしたシャッターと、年中無休で閉まりっぱなしのシャッターだらけで、夕飯を食べるにもチョイスが少ない。で、肝心の「ワンデイ」・・・ 20時時点でもう、思いっきり閉まってました(泣) 床屋の二階の立地なのですが、床屋が閉まると上も自動的に閉まるらしい。
が、どうしても今日中にしなければならない仕事があったので、小雨の中、仕方なしに一駅乗って南彦根へ。
すると、どうでしょ。駅前から8号にかけて、おなじみの看板、看板、また看板。どこもかしこもこれまたおなじみ、自慢のシャコタンで乗り付けるヤンキー様で賑わっております。
「自遊空間」の場所などチェックしてはおりませんでしたが、松原隆一郎センセがこき下ろすロードサイドのネオンに誘われるまま、8号らしき道に向かって適当に歩いていると、カラオケとゲーセンとビリヤードとネットカフェに、3on3やミニサッカー・コート、子供の遊び場やミニシアターまでついてるスーパー複合施設を程なく発見。
目当ての自遊空間ではありませんでしたが、快適な半個室で、ヤンキー娘のがなる中島美嘉をBGMにこれを書いてまつ。
それにしても、国宝・彦根城を抱える元雄藩の城下町で、こうなりますか。厳しいですねぇ。
「下妻物語」にかこつけたtrick fishさんのブログで、「邪巣子文明」の強烈さが論じられていたけれど、日本全国どこでも、中小地方都市は、すっかりこういう人と金の流れになってしまっているわけですね。
ただ、彦根のお隣の長浜市は、ちょっと別の展開をしている。郊外で成功した非商業主がNPO法人「黒壁」を立ち上げて、シャッター商店街と化した「太閤ご下賜のご朱印地」に投資してジェントリフィケーションをし、観光まちづくりに成功している。長浜というのは、関東ではマイナーな地名だけれど、全国のまちづくり業界の中では、奇跡の中心商店街V字活性化を達成した事例として、ちょっとしたカリスマだ。
しかし、長浜を歩いてみると、微妙な違和感を感じるのも事実。NPO法人「黒壁」が選んだまちづくりのための新たな産業は、ガラス。ガラス工房が集積し、かなりの観光客を集めているのは事実なんだけど、総じて単価は高く、あくまで観光客向け。「黒壁」に触発されてできた、近江牛を売り物にするような新しいこじゃれたレストランも、地方小都市としては破格に高い値段設定で、京阪神からのちょっと小金を持ったおばちゃんたちを主な客層にしている。
長浜の中心街、「黒壁スクエア」で流行っている店はだいたいそんな感じで、昔からあると思しき電気屋や洋品店は、相変わらずシャッターを閉めてるか、細々とヤンキーにボンタンを売って糊口をしのいでいる。
つまり、長浜では、中心商店街という空間の活性化は劇的になされたのだけれど、それはあくまで空間の再活性化であって、商店街そのものの再生ではない、というところがミソだ。もちろん、観光客向けの店が集積したお陰で、80年代には1時間で4人しか通らなかったというような通りを、週末には圧倒的な人出が埋め尽くすようになり、それは既存の商店街にもかなりの波及効果をもたらしているだろうが、長浜の中心市街地の復活が、地元の人が集う生活空間としてではなく、外に向けられた、もっと言えば、「外貨獲得」のための消費空間としてなされていることは否定できないだろう。
もちろん、シャッター商店街よりは、どんな形であれ活性化したほうが、ぐっとマシだ。シャッター商店街は、いいも悪いもなく、端的にゼロなのだから。
しかし、観光客という気まぐれな群れに依存して街を塗り替えたのち15年ぐらいして、気まぐれな魚たちが次の漁礁を目指して一気に離れていったとき、その街には何が残るだろう、と考えると沈鬱な気分にもなる。東京ディズニーランドであれば、魚の群れを逃さないために無尽蔵な追加投資もできようが、地方都市のNPOでそれをするのは、地獄道だ。
それより、僕らはそろそろ、南彦根の8号線沿いのような「名前のない郊外」に名前をつけていくという方向性を、真剣に考えなければならないのじゃないだろうか?
生活空間が、どこでもない取替え可能な風景に包囲されるのを嘆くだけでなく、それが必然であるのならば、少なくとも自分の主観にとってだけは、どこでもない場所ではないような何かを充填し、読み替えてゆくこと。それが、言葉の真の意味で「住まう」ということなのだろうと思う。
ちょうど、「木更津にスターバックスができますように」とお祈りしながら、バンビやぶっさんとのおバカな日常を充填することで、シャッター商店街やシケた護岸をかけがえのない遊び場にしていったモー子のように。
※コレはずいぶん前に書いた記事ですが、最近遠藤哲夫さん(この方との愉快な邂逅については、またエントリをあらためて触れようと思っているが)が書いた記事に、とても似たような問題意識があるように思えたので、今更ながらにトラバさせていただきます(2005.4.3)
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