June 28, 2006

リハビリ中。

先週の金曜日から昨日まで、忙しく動き回っていました。

まずは下北沢で深夜まで打ち合わせ。
それから翌日、世話になっている先生のゼミ生たちの案内で上野を歩き、そのまま土日と名古屋で学会。合間に大須をぶらぶらして、翌日には近鉄特急で難波。で、原口剛さんに大阪築港地区をすみずみまで案内してもらって、立ち飲み屋で彷徨。てな具合。

このうちの多くは、6月30日~7月2日に下北沢で行われるカルチュラル・タイフーンの準備を兼ねた行脚でございます。

今回、表に出るのは、2日の成徳高校大ホールラストを飾る(汚す?)「都市/CITYを紡ぐ」シンポジウムの司会(前半「闇市と昭和の記憶、大衆の痕跡)とコメンテーター(後半「「若者の町」の形成と変容」)です。

これに関しては、本当は司会の僕が真っ先に紹介しなければいけなかったところなんですが、パネリストにお呼びした「大衆食堂の詩人」ことエンテツ師匠が、詳細にブログで紹介してくれていますので、そちらをご覧いただければ雰囲気はわかっていただけるかと。
とにかく、今回は、世代を超えた話がしたい。オサレな文化や空間に割り込んで、脱力オヤジの声も届かせ、「居場所」と呼べる空間を街ん中に再建したい、ってな思いで企画したものです。

ラインナップは、まず司会の僕の趣旨説明・問題提起を簡単に済ませた後に、

1)新橋はじめ闇市の「その後」の事情に詳しい東大大学院の初田香成さん(都市史・都市計画)
2)元食品/空間プランナーで、現在フリーライター/大衆食の会主宰のエンテツ(遠藤哲夫)さん
3)釜が先やら天王寺公園やら大阪築港やらでいろいろやってる大阪市大大学院の原口剛さん(地理学)

と報告が続き、それに下北沢の駅前マーケットで生まれ育った方に、コメンテーターとして応答していただきます。
これが第一部で、第二部はウラハラの話なんかを経由しつつ、闇市や買いまわり商店街の地層の上に築かれていった「若者の町」としてのシモキタというものを、さまざまな角度から考察することになります。

議論がどう転がるかは予測不能ですが、間違いなくオモシロ方面には転がると思うので、自信を持って言っときましょう。損はさせませんので、来てくださいね。

いちお、紹介文ぺたっとはっときます。

新橋、大阪、裏原宿に紡がれた生活と文化の営みに耳を傾け、都市を生きる身体が発した言葉を持ち寄る。そして再び、道路計画に揺れる下北沢の地層へと分け入ろう――闇市に始まった、生活の活気溢れる商店街。そしてカウンター・カルチャーと若者文化の拠点に。いまこの下北沢で、世代を超えた対話の幕が開く。都市に生活し、憩う人々が、出会い、語らう居場所を築きあげる術を取り戻すために

ちょっと煽りすぎで、サブいぼ出た人もいるかも知れんけど、のぞみ@浜松あたりで、酔っ払った原口さんと一緒に書き上げたものなので、ご寛恕あれ。


で、一昨日は原口くん&彼の後輩さんと、その大阪築港の立ち飲み屋にいったんだけど、いやぁ、おもろいおもろい。
なんつーか、一発で馴染んじゃいました。

僕にとっては、意外にこういう一発で馴染める空間って、東京にはないんですよね。
常連さんと話が弾むときはよくあるけど、どっかかっこつけちゃったり、構えたりしがち。なんかそういうの、ものの10分で吹き飛ばされる空間でした。

そこに集う人たちは、ホント、周囲の住宅(つーか、元は寄せ屋だったりバラックだったり・・・)とか職場(倉庫だったり船会社だったり、日雇いだったり)に縁のある人たちばかりで、まさに「働き、暮らし、憩う」空間。
でも、よそ者もすっと入っていける。ま、マックをマクドと言いなおして笑い取るぐらいのテクはいるけどね。

詳細は原口報告を楽しみにしてもらうとして(笑)、個人的には、すげー癒されました。


なんつーか、ここ数年間、自分としては「書く」ということへのモチベーションをどんどん失う日々だったわけですよ。
簡単に言うと、自分の「スタイル」みたいなのを見失ってたわけですよね。

「怒り」で書く人も多いけど、自分はそうじゃない。瞬発力としてそれは使えるけど、長続きはしない。
理論的な高みを目指す職人でもなければ、「学問的な貢献」なんてガラじゃない。
議論をトリッキーに研ぎ澄ませて、頭いい自慢をするのは趣味じゃないし。第一できない。
政策とか調整とかは興味がないわけじゃないけど、まだ現時点ではそんな広くは見えてこない。(これは地位が作るものでしょう、かなりの程度)

じゃあ、っていうんで、結局のところ、「このままじゃ先はない切羽詰った感」(まあそれは事実だけど)に、周囲からわずかながらに寄せられる期待に対する責任感をふりかけて、「仕事をしよう」と。
そんな気持ちで、燃えカスに火をつけようとしてきた。この2年半ぐらい。

でも、それじゃあ、やっぱり長続きしない。
とにかく書くのが、「鞭打つ」作業になっちゃって、ブログさえかけなくなっちゃった。
しまいには、ご丁寧に体までぶっ壊す始末。たいした成果も出してないのに、「過労とストレス」だってんだから、世話はない。


その状態からのリハビリと思って企画した今回のシンポジウム。
思惑通りだったと思います。今回の準備を通して、エンテツ師匠をはじめとしたみなさんとの打ち合わせや、大阪築港の立ち飲み屋なんかを回る中で、少しずつ、少しずつですが、自分のスタイルを思い出しつつあるような気がします。書かなきゃ、じゃなくて書きたいな、っていう気分を少しずつ取り戻しつつあります。
本当に個人的なことで相すみませんが、そんな意味でもみなさんにとても感謝しているんです。

え、じゃ、そのスタイルって何、って?
そんなこと、こっ恥ずかしくて書けませんよ。

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June 22, 2006

数値、数値、数値。

前回ああ書いた矢先から、ちょっとした波乱が始まってますね。
それにしても、そのグループリーグ唯一の波乱要因がチェコがらみというのも、何だかなぁ。今日イタリアを蹴落とさないとダメっていう状況に追い込まれちまいましたね。
本命に推したイングランドも、あろうことかオーウェン離脱で、予想通り(まともで万全なフォワード)0トップの危機がひしひしと・・・あとはジェラード、ランパード、そしてジョー・コールがどれだけミドルを叩き込めるかにかかってるが、今回の予想は外しかな。

日本。。。これはもう、武藤大人のおっしゃるとおり、われわれとしてはともかくも朝起きて応援するしかないわけですが、アウェーのW杯で初勝ち点を挙げたっていうのは、まあ長い歴史の中では一歩前進として刻まれることでしょう。期待の大きさはわかるけど、もう少し評価してあげてもいいのでは?
前回はホームだったことを差し引いても、ベルギー、ロシア、チュニジアと、どう考えても今回あたる3チームよりも弱いところとしかあたってなかったんだから。
まあ、こういうことは最初からやってろよ、とは思いますけど。


それはともかく、体調を崩して以来、体質改善に努めていると以前書いたけど、ここ1ヶ月ほどはジム通いを始めてます。

ウェイトマシンとカーディオマシンで汗を流した後のプールで、体の切れが日に日に増すのを実感中。
これでも昔水泳部だったもんで、トップフォームとは言わないまでも、それなりにいいタイムは出るし、満足のいく腕のかきとか姿勢の制御とかできるようになりました。

で、このジム通いとやらが案外面白いから困ってしまう。クロストレーナー、回転数70前後で20分も越えるとかなり辛いけど、マジおもろい。ステップマシンで大腿筋をいたぶるのも悪くない。ラットプルダウンとかも大好き。時間があれば、コアヒーリングだのヨガだののクラスも取っちゃう。
有酸素運動だのカロリー計算だの、アメリカ人の強迫観念の塊のような事物には一生縁がないだろうと思っていたけど、こういうカッコ悪いことをいちいち抵抗なくできるようになって、人は大人になるんだなぁ(遠い目)

にしても思うのが、スポーツジムって「数値漬け」ってこと。
有酸素系のマシンのモニターは、まさに数値の山。経過時間、回転数、消費カロリー、走行距離、心拍数、負荷強度、云々かんぬん。
何らかの「数値目標」を設定して、それをいとも簡単にクリアできる仕組みになっている。
どんなヘタレでも、「今日は40分」と決めてステップを始めても、あまりに疲れてくると、もう300kcal消費したしいっか~みたいな感じで自分を納得させつつ、マシンを降りることができる。

運動が終わってからも数値の海は続く。
体重、体脂肪率、筋肉量、骨量、水分量。フィットネスレコードに記録して、血圧と体重の推移を確認する。ジムに加入してからの累積消費カロリーも、簡単にチェックできる。

数値に裏打ちされた、プチ達成感の連続体。
数値、数値、数値に追い立てられ、気持ちよく溺れる。

これってホント、数値目標と「計画→遂行→達成」のロジックに幼い頃から塩漬けになった、ワレワレには応えられん娯楽ですことよ。
仕事で数値に縛られ、生活で数値に縛られ、そのうえ最後のプライベート領域・自らの身体とまで、数値を介してしか会話ができなくなる。数値の海へと微分されてゆく身体。
そして、その数値縛りは、それはそれはこの上ないマゾヒスティックな大脳の悦楽。

悲鳴を上げた身体は、せめてそこから抜け出したくて、天才的な身体たちのファンタジーを、深夜の夜食に摂取したがるのかもしれない。
ロジックを軽く飛び越えていく、極端に登場する数値の少ないボールゲームを。

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June 13, 2006

何百万の・・・

ブログがこのことに触れているのかしりませんが、脱力しましたね、みなさん。

チェコは圧勝でしたね。しかしやっぱり、いきなりレギュラーが欠けた。
次はネドヴェドか、ガラセクか? かなりドキドキです。

あ、この話じゃない?

あっちはまあ、実力どおりでしょう。
川口の不用意な飛び出しとか、高原のミスパスとかみんなボロクソ責めてるけど、そもそもあの人たちはそんなものだとわかっていたはずでしょう? それまでの川口の当たりっぷりも見慣れた風景でしたし、あそこで決められる高原ならハンブルグでも決められてるわけで。
ジーコ采配っていうのもまあ、こんなものでしょう。相手陣内からロングボールがボンボン出てバックラインが次第に疲弊していたことを思えば、あそこで変えるならボールキープ重視よりもフォアチェックのできるMF(稲本)だろーと思いましたが、アジアカップやらでさんざん楽しませてくれたことを思えば、いまさら文句を言う気にもなれません。

そもそも、オーストラリア相手に普通に勝てる気でいたメディアのほうが信じられない。
日本にいると気がつかないことだけど、イギリスとオーストラリアって人の行き来が本当に多くて、地理的距離の割には心理的距離がすごく近い。アメリカよりも遥かに。現在のロンドンの移民の多い地区なんて、60年代にもともとの住民がみんな豪州移民した住宅地だったりする。そんなオーストラリア代表が真剣にチーム編成すれば、イングランドB代表状態になるのは、火を見るより明らか。
スペインで10点取ってるフォワードや、エバートンのバリバリのレギュラーが控えに座っている国と、ドイツで1点しか取れないセンターフォワードや、南イタリアの弱小チームで戦力外のセカンドトップ、プレミアの中堅チームでレギュラーを取れないMFあたりが「替えの効かない」選手になっている国とがやって、どちらが勝つ可能性が高いかは、世界中みんな知ってる。2000年春のエランドロードで、全盛期の中田がキューウェルにぶっちぎられるところを見ていた自分としても、そっちの感覚のほうが自然。

監督うんぬん、っていう次元とは別に、基本的には個人ベースの力量差・経験差がこれだけあったってことを、みんな都合よく見ないようにしてただけじゃないですかね?
ただ一つ、僕も驚いたというか感心させられたのは、オーストラリアのスタミナが全然切れなかったことだけど、これも的確なベンチワークを可能にさせた層の厚さのなせる業と言うほかないわけで。

ヒディングのガッツポーズだけは、何度見ても神経をささくれ立たせてくれますけどね。

オーストラリアに完敗、クロアチアに惜敗、そして既にグループリーグ突破を決めてるブラジルに引き分けてもらう。
こんな事前の予想が、見事に完遂されそうな、実力どおりの進行を着々と歩んでおります。

それにしても、負け方は悪い。悪すぎる。
何が悪いって、この脱力感のおかげで今日の寄付きが100円は下がった気がする。

不可思議に長引く調整でエネルギーをためたチャートが、ちょっとしたお祭りムードによって小さな爆発を起こす可能性があったわけなんだけど、これでもう1週間は底値を切り下げそうな。

少なくとも、村上事件よりは影響が大きい気がするんだが、気のせいか(笑)

それにしても、村上関連の一連の顛末は、やはり狙いは宮内(オ)と見るべきで。とりあえずこいつが潰されるのは、各方面いいことなんじゃないでしょうか、とは思いますが、政権末期のキナくさ~、と。
宮内(オ)って、瀬島龍三以来もっとも政権内部に入り込んだ財界人じゃなかろうか。中曽根行革の再検討が、いま一部で注目を集めているという流れからの類推は別にしても。


ああ、脱力に任せてどんどん脱線しちゃった。

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April 03, 2005

日々の驚き

鏡を見ずに伸びていた鼻毛を抜いてみたら、金髪だった。

画像 →はいらないよね・・・orz

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October 26, 2004

真剣に生きてない・・・_| ̄|○

唐突ですが、↑がここしばらくのワタクシが取りつかれている悩みです。

仕事=研究そのものにもそうですし、その他のことについてもそう。
つまるところ、なんか一生懸命生きてないなぁ、脳味噌全開になることなんて滅多にないなぁ、という感じなのです。

なんか、気力を失っている状態になることは多々あるのですが、ちょっと長期間かつ深刻なのですよね。
『ピンポン』では、映画でARATA氏が演じたスマイルが、「卓球なんて死ぬまでの暇つぶしだよ」と嘯くシーンがありますが、カッコよく言えばそんな感じ。もちろんスマイルほどの才能は無いので、普通にカッコ悪く言えば、ただのダメ人間です。

で、それで割り切れていれば別にいいんだろうけど、一生懸命生きている人を見るとなんか無性に自己嫌悪に陥るぐらいの中途半端な「真っ当さ」が残っているところが、また厄介。

池波正太郎は、江戸人は昨日と変わらぬ今日があることをこそ理想とし、職人や御家人それぞれの「分」の中で、未来永劫拡大もせず縮小もしない暮らしを理想としたと繰り返し書いている(まあ典型的な中世人の生き方と言えなくもないけど)。
だから、自分のおかれた状況を劇的に変えるような「向上心」や、今風に言えば「起業家精神」を持つことは基本的に彼らの発想になかったというし、何かに夢中になることほど無粋なことはないとされたそうだ。適当なところでほどほどに、しゃれっ気を出して人生を茶化してしまうような生き方が江戸人の粋であったわけで、たとえば永倉サンがその後の生涯に仲間の霊を弔い続けるほど強い紐帯を感じていながらも、土方や近藤と結局は袂を分かつのは、旺盛な独立心の故という事だけではなくて、多摩の百姓の生真面目さについてけなかったからだということになる。

江戸人どころか東京人でさえない自分のくせに、なぜか「江戸」が濃いことになっている世界と関わっていることもあって、こんな池波サンの描く江戸人の生き方を実践しているということを自分への言い訳に、のらくらと生きてきたわけだけど、基本的にはミドルクラスの近代人として教育を受けた自分が、秋山小兵衛みたいになりきれるわけもなく。
ありがたく頂戴したはずの最低限のやっつけ仕事を、まあ何とか怒られない程度には「こなし」ながら(自分のいい加減さの本当のところは、こんな公器で発表することは到底できないものだけれど)、さりとて余暇を「主体的に」充実させるわけでもなく、せいぜいがZガンダムDXにコインを突っ込むぐらいの日々を送っていると、「こりゃあ、いま死の床に臨んだら、自分の薄っぺらな人生を悔やむことになる罠」などと思ってみたり。

てなことをどよどよ考えてた(しかし特に何も動き出さない)先日、すげータイミングで『ラディカル・オーラル・ヒストリー』という本を読んでしまったときは、さらなる自己嫌悪にどーんと陥りました。
一気にほぼ通読はしたものの、このスケールの大きい本を簡単に書評する準備はない。しかしともかくも、著者の知そのものへの、「研究対象」への、そして自身の人生への、きわめて真摯で誠実な姿勢には圧倒された。
そこには、誠実に濃く深く人生を歩み続けようとする筆者の真摯さは、しかしまた、貪欲な「上昇志向」みたいなものとはまったく無縁。研ぎ澄まされた剣の上を歩くようにラディカルなのに、ケレンミ・ハッタリは一切なし。形容詞を思いつかないほどの迫力を、この著作を通じて読者も感じ取ることができます。

ご存知の人もいるかもしれないけど、この本が出版されたのは、著者の保苅実さん(個人的には、ちょっとした知り合いの親友であった)が短すぎる生涯を閉じる僅か5日前でした。(もちろん、この背景は、この著書に決定的な影響を与えてはいるだろうが、この情報をあまり強調するのは適切ではない。そうした背景と何の関係もなく、この本は革新的な歴史学の傑作です。彼の人柄や自身の生との向き合い方を知りたい方は、ぜひこちらのページを。)

大した年齢は変わらない彼と我が身を引き比べ、答えようのない愚痴を友人にこぼしたところ、こんな風に言われました。

「いやー、お前はこのまま生きてけばさ、「あー、いろんなこと適当にツマミ食いしてまぁまぁ楽しい人生だったっすね」なんつて笑って死ねんじゃないの。仕事だの家族だのに身を捧げたら、ああ勿体無いことしたな俺の人生、もっと適当に楽しめたはずなのにって思うよ、お前なら」だって。

確かにそうかも。
さすが、15年来で、おたがいの交友関係が結構多方面にかぶってるコイツは、よくわかってんじゃん。

褒め言葉じゃ断じてないんだろうが、まあほんの少し元気にはなれました。つか、都合のいい言い訳がまた一つできました。

とりあえず、「せめてブログぐらい更新して脳細胞の石化は防いどいたほうがいいよ」とのお言葉を頂戴したので、とりあえず三日連続で更新してみるテスト。

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August 01, 2004

最近家を空けっ放し

先週は、AERAにも取り上げていただいた母校の水泳の合宿@館山に性懲りもなく行っておりまして。

高校のOBの人数がどうしても常時15人ぐらいいないと、運営とか指導とか監視とか成り立たないような(それ自体本来学校行事としてどうなの?なんだけど)海での水泳の合宿なのだけど、「現役」といわれる大学生の数は、10人ぐらいにしかならない。だから、誰かそれ以上の学年の社会人(やプータロー)が逝ってあげないといけないわけ。
で、週末は、社会人、しかも元々水泳のうまかった連中(A代表)が集まるので、海外組が帰ってきたあとのジーコジャパンよろしく、僕らB代表は「ぽ~い」(byワールドイズマインのモンちゃん)。
で、月曜が来るとまた召集されまつ。明日から一泊二日でまた館山に逆戻り。そんで、その後は間髪入れずに滋賀出張の予定です。

今年、館山の後輩たちの様子が気になりながら仕事に身が入らない先輩諸兄に、ささやかな「朗報」がもたらされました。それがこれ。館山市が設置している「ライブカメラ」で、練習している海域の様子もロングショットで何となくわかります。

しかしねぇ(苦笑) 
まあ、こういう話聴いて反射的に力瘤ができてしまうような心性は持ち合わせていないけれども、ここまで来ましたかね「監視社会」も、と感慨新た。しかし、こういう映像を無邪気に楽しむ、っていうありかたって結構日本社会に特異ではないかね。ダッシュ村じゃないんだから(笑)
「見られている」ことの不安感よりも、「覗くこと」の好奇心や欲望のほうが、無条件かつ無邪気に優越してしまうこういう社会では、「カンシシャカイハンタイ」なんて言っても、そりゃ届かないさね。というより、「見られている」安心感なのだろうね、本質的には。


こう外出続きだと残念なのは、アジア大会、なかんずく能活の雄姿がライブで見れないこと。
以前も書いたとおり、この暑苦しい男に、僕はとても感情移入しているのです。

アジアカップといえば、中国のブーイングが各所で話題になっているけど、アジアカップそのものの注目度がイマイチなためか、W杯時の韓国叩きと比べると、さすがに日本側ネット世論のリアクションもまったく穏やかなもんだね。あのときのテーハンミングのサポとは比較にならないぐらいbruteなことしてると思うけどね、今回の重慶は。

まあ、あのときのW杯では僕も大分吹き上がってしまい、ネット世論に沈殿した日韓の感情のしこりが今後尾を引くことになるかもしれないという趣旨のコラムを寄稿したけれども、あのあとはご存知の通り、そんな気配はオーバーグラウンドの世界では冬ソナで吹っ飛んで、世は未曾有の韓流ブーム。
2年前の危惧が、文字通りスタジアムとディスプレイを往復していた当時の僕の誇大妄想だったことは気恥ずかしい限りで、ざっと見ればメデタシメデタシかもしれないけど、いくら東京湾景が月9でやろうと、ネットの淀みでどす黒い感情がうねり続けているのも事実。ヨン様追っかけながら同時に、イラク人質叩きの「自己責任論」の尻馬に乗っちゃうっていう辺りがマジョリティだとすると、どす黒い感情は、引き金一つでたちまちネットの淀みから溢れ出してき得るわけで。

さあ、対中国はどう転がるか・・・
ちょっと傍観者的な言い方しか今はできないけど、そうも言っていられないよな、本来は。

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July 21, 2004

そういえば

さまざまな疲れの蓄積で、日月は寝飛ばしてしまいました。
しかし、寝飛ばせる完全休養日があるだけでも、大方のみなさまよりは幸せかと。

そういえば1

もうそろそろコンビニにもあまり置いてなくなってしまったかもしれませんが、先週末出たAERAの最新号、桜蔭&開成特集に、取材協力しております。コメントも結構長く取り上げていただいてます。400人中東大合格215人という前代未聞の不名誉な(?)K点越え記録を作ってしまったうちの学年近辺への集中的な取材が中心になっています。
自分のコメント自体は、オリジナルサイトのプロフィール欄に書いた、開成に関するくだりの通りなんだけど。

必然的な部分と、偶然の部分あわせて、コメントを寄せているのが、かなり親しい人だらけでいいのかな、という気も多少しますが、まあオッケーでしょう。(おかげで、これを機に旧交が温まって飲みに行ったり、こちらは楽しかったです)
全体的にとてもバランスの取れたいい記事になっていると思います。

ま、伊豆山元校長批判の持論は、記事になってませんがね(笑) 賢明な判断でしょー。


そういえば2

未曾有の大水害で全国区になってしまった(?)「五十嵐川」。
実は、全国の五十嵐さんの相当部分のふるさとは、この中越地方なのです。

僕の祖父の親戚はすべて、利根川の水運で行き来していた下総の低湿地帯一円に散在しているのだけど、利根川と横利根川に囲まれたエリア周辺には、いまだに五十嵐姓が多い。
そこには、祖先は利根川を下って越後方面からきたという言い伝えがあるそうな。

かの地には、五十嵐神社なるものがあり(読みがイカラシなのに注意)、全国五十嵐の会などというものも催されております。
そのサイトによると、五十嵐姓はもともと、垂仁帝第八王子「五十日足彦」の流れを汲むそうな。この事実を初めて知ったとき、容貌から(?)自分の祖先は北関東の俘囚に違いないと信じ込んでいた自分には、多少のショックがありました。
(とはいえ、祖母の下総・小泉は、平将門→千葉六党へと確実に辿れる土豪の系統なんだけどね)

今度全国五十嵐の会行ってみっかな。
五十嵐亮太こないかな。
五十嵐こずえっていうAV女優、いいオンナだっけな、ってこれは源氏名か。萎え。


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June 23, 2004

台風の日はサンダルで

やっとこさ、最大懸案だった頼まれ仕事がこの前の週末に終わりました。柄にもなく結構なプレッシャーを感じていたんだけど、実りあるものになってよかったっす。
まだ春の学会・講演会シリーズは終わりではないけど、先が見えてきたかな、と。

南半球や南インドにでも行かない限りみんなそうだと思うけど、夏の初めの久方ぶりの台風にはなんか毎年ビビらされますよね。
月曜日は僕も苦労しました。

一橋に出かけたのだけど、こういう日は当然のように短パンと、裸足にデッキシューズもしくはサンダル。

大学に入って最初にタイに行ったとき、タイの人は雨季にはスーツを着るビジネスマンも含め、みんなサンダル履きだという話を聴いて、なるほど、と膝を打った経験があります。

それまで、酷い雨の日には、傘を差し、レインコートを着て、長靴を履く(まあ、これは小学校時代だけだが)というのが常識だと思っていたわけですけれど。
雨に濡れないように身を守るという発想ではなく、水没するほどびしょぬれになることを前提に、その時まだ快適なのはどんな服装か、という発想なわけです。

考えてみれば当たり前なんだけど、こういう発想って、僕が育ってきた環境(日本なのか、関東なのか、開成なのかはわからないが)に一番欠けていた部分だなって思った次第です。

ま、最近はこういう発想ばかりが自分に染み込んでしまったから、かくもダウナー系の日々を生きている気もしますが(藁・・えない)

今日の夜は少し時間があるので、まとまった記事を考えています。


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May 07, 2004

あんま間をおいてもなんですから・・・

GWつっても、全然余裕のない日々を過ごし、今日も反動でぼっとしてたら、明朝までの大きな仕事を二つも抱えたままはや2時半。どうすんだ、自分。

自己責任論の完結編を書く余裕はなし。新たな論点も日々浮上するしね。
今井君の会見@23なんかも見てはみたが。まあ、何とスラスラとしゃべる人かと。
普通あれだけの負荷がかかってたら、もう少し言葉を選んでしゃべるよね。その中であの立て板に水は、「大物」なのか不感症なのか。結構いいこともチラホラ言ってるにもかかわらず、言葉があまりに軽い感じがして、僕なんかはすべて台無しと思ったけど、カミサンなんかは結構好印象を抱いたそうだから、みなさんも色々なんだろうね。

明日の講義では、「ジェンダーと外国人」というテーマでしゃべらねばならず、フィリピンパブや韓国エステに見られるアジア女性への性的ファンタジーの話をしようかと。
で、なんか入手が容易でイメージの湧きやすい映像でもあるといいなーと思ってたら、ふと思い出した。
そうだ、「愛という名のもとに」で、チョロ(中野英雄)がルビー・モレノに入れあげて破滅するんだったっけ。

思い出してみると、ルビー演じるJJとチョロの出会いにおける「無垢」イメージの演出とか、唐沢扮する健吾とチョロの「論争」とか、すべてを裏切ってチョロを追い詰める「したたか」さの描写とか、授業的にオイシイいろんな場面があったことを思い出す。で、ビデオ借りてみてみたら、わりとすぐにそのシーンが見つかり、明日の授業はちと楽できるかな、と。

それにしてもまあ、よくこんなフィリピン人がらみなんていう、物語の本筋と必ずしも関係ないことをよく覚えてたなぁ、と自分に関心。その割りに、エンディングで貴子(鈴木保奈美)って誰とくっつくんだっけ?とか、ドラマ的に肝心なことは全然覚えてないのに・・・
「愛という名のもとに」って、確か92年で、その後再放送で見た記憶とかもあまりないから、大学一年の頃から、フィリピンパブみたいな話に自分は興味を持っていたんだな、と再確認。色んな意味で(笑)

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April 08, 2004

4・3/4 禁断の箱

めっちゃ久しぶりに洋服を買う。
もちろん、ユニクロでTシャツや下着をを買う(補充する)というレベルのことは、普通にするわけだけど、数万単位以上の予算を持って、時間をかけてショップで物色する、ということなど、ここ数年来の記憶にはない。99年のクリスマスに、カナリア諸島でお買い物して以来か?

今回お世話になったのは主に、柏のステーションモールの中に入っている、アドルフォ・ドミンゲス。
「(気に入った服を手にした客に向かって)これはちょっと違いますよー」と歯に衣着せずおっしゃってくださり、「自分の趣味押し付けますから」と宣言して、一人で選んだのでは絶対に手にとりそうもない「一見ピンとこないんだけど着たら確かに似合う服」を次から次に提案してくださる店長さんに、夫婦で長々3時間以上も時間を使わせる。
こういうプロフェッショナリズムは、心底うらやましいし、心地いい。先方も、この3時間をなかなか楽しんでくださったようで、うれしい。

帰ってきてからは、開かずの箱を含め、ワードローブを、これまた数年ぶりに総ざらい。これほど徹底的にやるのは、98年以来ぐらい? おかげさまで週末が丸々つぶれる勢い。
今では存在すらも忘れた服が多数出てきて、たかだか6年前には、ウエスト云々以上に、こんな華やかな服を着れてたのか、と愕然。そもそも、これほどまでに急速に「カッコ」に対する関心を失っていたとは。

春だし、タンスの奥底から蘇った服で、少しは若作りしてみようかしらん。


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