リハビリ中。
先週の金曜日から昨日まで、忙しく動き回っていました。
まずは下北沢で深夜まで打ち合わせ。
それから翌日、世話になっている先生のゼミ生たちの案内で上野を歩き、そのまま土日と名古屋で学会。合間に大須をぶらぶらして、翌日には近鉄特急で難波。で、原口剛さんに大阪築港地区をすみずみまで案内してもらって、立ち飲み屋で彷徨。てな具合。
このうちの多くは、6月30日~7月2日に下北沢で行われるカルチュラル・タイフーンの準備を兼ねた行脚でございます。
今回、表に出るのは、2日の成徳高校大ホールラストを飾る(汚す?)「都市/CITYを紡ぐ」シンポジウムの司会(前半「闇市と昭和の記憶、大衆の痕跡)とコメンテーター(後半「「若者の町」の形成と変容」)です。
これに関しては、本当は司会の僕が真っ先に紹介しなければいけなかったところなんですが、パネリストにお呼びした「大衆食堂の詩人」ことエンテツ師匠が、詳細にブログで紹介してくれていますので、そちらをご覧いただければ雰囲気はわかっていただけるかと。
とにかく、今回は、世代を超えた話がしたい。オサレな文化や空間に割り込んで、脱力オヤジの声も届かせ、「居場所」と呼べる空間を街ん中に再建したい、ってな思いで企画したものです。
ラインナップは、まず司会の僕の趣旨説明・問題提起を簡単に済ませた後に、
1)新橋はじめ闇市の「その後」の事情に詳しい東大大学院の初田香成さん(都市史・都市計画)
2)元食品/空間プランナーで、現在フリーライター/大衆食の会主宰のエンテツ(遠藤哲夫)さん
3)釜が先やら天王寺公園やら大阪築港やらでいろいろやってる大阪市大大学院の原口剛さん(地理学)
と報告が続き、それに下北沢の駅前マーケットで生まれ育った方に、コメンテーターとして応答していただきます。
これが第一部で、第二部はウラハラの話なんかを経由しつつ、闇市や買いまわり商店街の地層の上に築かれていった「若者の町」としてのシモキタというものを、さまざまな角度から考察することになります。
議論がどう転がるかは予測不能ですが、間違いなくオモシロ方面には転がると思うので、自信を持って言っときましょう。損はさせませんので、来てくださいね。
いちお、紹介文ぺたっとはっときます。
新橋、大阪、裏原宿に紡がれた生活と文化の営みに耳を傾け、都市を生きる身体が発した言葉を持ち寄る。そして再び、道路計画に揺れる下北沢の地層へと分け入ろう――闇市に始まった、生活の活気溢れる商店街。そしてカウンター・カルチャーと若者文化の拠点に。いまこの下北沢で、世代を超えた対話の幕が開く。都市に生活し、憩う人々が、出会い、語らう居場所を築きあげる術を取り戻すために
ちょっと煽りすぎで、サブいぼ出た人もいるかも知れんけど、のぞみ@浜松あたりで、酔っ払った原口さんと一緒に書き上げたものなので、ご寛恕あれ。
で、一昨日は原口くん&彼の後輩さんと、その大阪築港の立ち飲み屋にいったんだけど、いやぁ、おもろいおもろい。
なんつーか、一発で馴染んじゃいました。
僕にとっては、意外にこういう一発で馴染める空間って、東京にはないんですよね。
常連さんと話が弾むときはよくあるけど、どっかかっこつけちゃったり、構えたりしがち。なんかそういうの、ものの10分で吹き飛ばされる空間でした。
そこに集う人たちは、ホント、周囲の住宅(つーか、元は寄せ屋だったりバラックだったり・・・)とか職場(倉庫だったり船会社だったり、日雇いだったり)に縁のある人たちばかりで、まさに「働き、暮らし、憩う」空間。
でも、よそ者もすっと入っていける。ま、マックをマクドと言いなおして笑い取るぐらいのテクはいるけどね。
詳細は原口報告を楽しみにしてもらうとして(笑)、個人的には、すげー癒されました。
なんつーか、ここ数年間、自分としては「書く」ということへのモチベーションをどんどん失う日々だったわけですよ。
簡単に言うと、自分の「スタイル」みたいなのを見失ってたわけですよね。
「怒り」で書く人も多いけど、自分はそうじゃない。瞬発力としてそれは使えるけど、長続きはしない。
理論的な高みを目指す職人でもなければ、「学問的な貢献」なんてガラじゃない。
議論をトリッキーに研ぎ澄ませて、頭いい自慢をするのは趣味じゃないし。第一できない。
政策とか調整とかは興味がないわけじゃないけど、まだ現時点ではそんな広くは見えてこない。(これは地位が作るものでしょう、かなりの程度)
じゃあ、っていうんで、結局のところ、「このままじゃ先はない切羽詰った感」(まあそれは事実だけど)に、周囲からわずかながらに寄せられる期待に対する責任感をふりかけて、「仕事をしよう」と。
そんな気持ちで、燃えカスに火をつけようとしてきた。この2年半ぐらい。
でも、それじゃあ、やっぱり長続きしない。
とにかく書くのが、「鞭打つ」作業になっちゃって、ブログさえかけなくなっちゃった。
しまいには、ご丁寧に体までぶっ壊す始末。たいした成果も出してないのに、「過労とストレス」だってんだから、世話はない。
その状態からのリハビリと思って企画した今回のシンポジウム。
思惑通りだったと思います。今回の準備を通して、エンテツ師匠をはじめとしたみなさんとの打ち合わせや、大阪築港の立ち飲み屋なんかを回る中で、少しずつ、少しずつですが、自分のスタイルを思い出しつつあるような気がします。書かなきゃ、じゃなくて書きたいな、っていう気分を少しずつ取り戻しつつあります。
本当に個人的なことで相すみませんが、そんな意味でもみなさんにとても感謝しているんです。
え、じゃ、そのスタイルって何、って?
そんなこと、こっ恥ずかしくて書けませんよ。











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