« July 2006 | Main | September 2006 »

August 16, 2006

ワーキング・プア? IV

いい加減最後にしましょう。が、終盤にきてちょっと風呂敷広げます。

「貧しくとも暮らせる空間」のソフト面とは、すなわち社会関係資本に関することといってもいい。
(もともとはSocial Capitalの訳語なんだけど、土木国家の日本では、社会資本というと新幹線やら高速道路やらを思い出してしまいがちになるので、社会関係資本という言葉が使われることも多い)

今日びの流行の概念である社会関係資本とは、「資本」という概念が、一般的に考えられる経済資本(つまり金の蓄積)だけでなく、文化資本(教養や立ち居振る舞い、場合によっては学歴も)などを含むさまざまな側面から構成されているという考え方をベースにしている。
そして、経済資本と文化資本、社会関係資本は相互に変換可能なものと考えられている。
直感的にわかる話としては、人と人とのつながりの中で、就職・転職や起業が成功したり、取引先を開拓していくことはよくあるわけだし、互酬的な人間関係が、困窮時の最後の物理的・精神的セーフティネットになりうるわけですよね。そもそも、保証人になってくれる人が一人もいなければ、まともな物件一つ賃貸できません。

もちろん、家族や親族というのも社会関係資本のベースの一つですけど、それだけじゃない。地縁、職縁、さらにはそうしたものには収まりきらない新しいネットワーク的な社会関係資本の蓄積が、洋の東西問わず、さまざまな場面でクローズアップされている。新しい社会関係資本に、SNSみたいなバーチャルなものを持ち上げる人も多い。

地域に人間関係の網の目と、それに基づく相互信頼という社会関係資本が蓄積されているかどうかが、地域発展に決定的に重要だという古典的な実証研究はたくさんあるし、日本の地域社会学や都市社会学では、「封建遺制」「戦時体制の成れの果て」としてことさらに評判が悪かった町内会や地縁組織が、そういった文脈から機能主義的に再評価される動きもあった。

しかし、「ワーキングプア」やかつての「フリーター漂流」に登場したような、田舎での地縁や血縁を切り離して上京してきた若者たちには、そうした従来型の「地域」の社会関係には入り込めない不可視の存在である。従来型の地縁組織は、家族を構成員のベースにしてきた。そもそも、子供の幼稚園や町内会の遠足がなければ、地縁組織と関わるきっかけなんてないからね。
それらの上京者たちは、20世紀後半の時期には「カイシャ」に包摂されて職縁を築き上げてきたわけだが、市場に即応したジャストインタイムの流動性に覆われる現代の職場が、請負や派遣やパートで働く労働者にとって、社会関係資本を蓄積させる場になるはずもない。

それ以前に、地縁やら職縁やらというものは、ここ20年間、日本人に「うざったい」と言われ続けてきたものだったことを忘れちゃいけない。構成員の全員加入を基本とし、年功的な上下関係が存在するコミュニティのべたべたした関係は、とにかく忌み嫌われてきた。
代わりに、「自立した個人」が自発的な関係を築くアソシエーション型のネットワークがもてはやされた。が、そういう自発的な関係性を築くのは、よくも悪くもそれなりにコストがかかることだから、実際にはかなり「敷居が高い」。
まちづくりにせよ、環境系にせよ、地域に存在するあまたのサークルやらボランティアやらに参加できるのは、時間的にも、経済的にもそれなりに余裕があり、自分のコミュニケーション・スキルにそれなりに自信を持っている「市民」様の特権になっているのが現状だろう。

つながりという社会関係資本を作る基盤として、「文化」を重視する人たちもいる。というか、人事のように言えることではなく、カルチュラル・スタディーズみたいな文化左翼がその典型なのだけど。
確かに、「文化」を基盤としたマイノリティの連帯と抵抗という物語は胸を打つし、レゲエやバングラ、ジャングル/ドラムンベースみたいなユースカルチャーが、ロンドンで人種の垣根を越えて人間関係を構築してゆく駆動力になっているいう実証研究は意義深い。

しかし、いまの「文化」や、もう少し砕いて言えば「サブカル」は、本当に人と人をつなぐ役割を果たしているだろうか?
一見そうは見えても、実際には切断する役割を果たしていることのほうが、遥かに多いと思う。

先日の下北沢のシンポジウムでも、それが議論の焦点になった。
たとえば、裏原宿という街。なるほど、裏原宿では、ショップを中心とした人間関係が一種のコミュニティをなしている。裏原宿だけではなく、地元の「ウラカシ」なんかでもそんな感じ。
それを、家庭でも、地縁でも職縁でもない、ファッションやスタイルという文化を掛け金とする新しい「第四空間」的なコミュニティだとして、その可能性を持ち上げたくなる向きも多いだろう。

しかし、実態はどうか。
下北沢での中村由佳さんの報告によれば、裏原宿の「セレクト」ショップやカフェは、商品から店の内装、BGMから店員のトークに至るまで、トータルな「センス」を競い、ファッション好きの若者に「セレクト」されると同時に、客を「セレクト」するという。客のほうも、店舗や裏原宿という空間にふさわしい「文化」を身につけ、そこに集まる連中と話をあわせようと必死だ。個々のショップにつく常連のコミュニティや、それぞれの小さなコミュニティどうしの間では、「センス」をめぐる明示的/非明示的な選別と排除、競争と序列化が、いつ果てるともなく続く。もちろん、その空間にふさわしい「センス」あるなりをするためには、先立つものが相当必要だ。

自分たちは「セレクトされない」自信があった司会者含むパネリストのオヤジ連中はといえば、ウラハラショップのコミュニティの「息苦しさ」と、そこに集まる若者たちの「生きにくさ」に、面食らっていた。それは、単なる「セレクトされない」ちょいダメオヤジの嫉妬ではなかったはずだ。
なるほど、ファッションとショップを起点にしたウラハラのコミュニティは、この世界に関わりたいコたちに何らかの人脈という社会関係資本を提供するだろう。実際に、ウラハラのそのまたウラは、ズブズブのコネ社会/ボス社会で、外面とは随分違うハイアラキカルな仕事の融通が行われているという話はよく聞く。
しかし、その選別的なコミュニティは、無条件で「居場所」を与えたり、相互扶助的なセーフティネットとして--経済的にはもとより、精神的なものとしてさえも--機能することは、原理的にないだろう。三浦展流に言えば、ウラハラに集まる「文化に踊る」下流社会の若者たちにとって、いよいよ金に困ったときの拠り所になるような場所ではない。

裏を返して言えば、現代都市の中では、こんなタコツボ的・島宇宙的な形でしか、われわれは人と人とのつながりを築くことができないのだろうか。そんなところに、オヤジたちは頭を抱えたのだ。

確かに、90年代以降のデフレ進行の中で、物理的な意味では「貧しくとも暮らせる」生活インフラは、都市に揃ってきた(先日触れた、最も肝心な住宅ストック以外では)。安い牛丼、ファストフード、コンビニ。もちろん、そこで働く「ワーキングプア」を大量に生み出しながら、だが。
いまや東京のビッグマックは、世界で一番安い。言うまでもなく、これを豊かさの指標と捉えるのはおかしな話で、下級財としてのビッグマックと上級財との価格差が大きい都市の指標=階層間の購買力と消費性向に大きな差がある都市の指標と考えるべきだ。つまり、この指標の意味するところは、東京はそういう意味で、いまや世界でも有数の、「貧乏人のための安いファーストフード」が供給されている都市だという解釈が正解だろう。

マックも吉野家も、郊外のイオンのショッピングセンターも、誰でも入れて、消費を楽しめる。敷居はめちゃくちゃ低い。ある意味、いま一番多様な人が集まる場所は、こうした「ファスト風土」店--またまた三浦展流に言えば--だろう。
しかし、こうした「ファスト風土」で、裏原宿のような人と人のつながりができることはありえない。そこは、いかに温かな「コミュニティ」感を演出しようとしていたとしても、実際には完全にマーケティングの論理に支配されたインダストリアル・エリアでしかなく、訪れる客は一人頭の単価を計算された消費者でしかないからだ。単なる消費者は、路上ですれ違う以上の、他者との関係性を持ち得ない。

方や、「文化」に踊りながら、その実タコツボ的で息苦しい裏原宿のコミュニティ。
もう一方には、だらしないほど敷居が低いが、完全に資本のマーケティングに管理されたファスト風土。
そのどちらかしかないのだとしたら、状況はかなり絶望的だ。

いまや日本の都市空間に、その間隙はないのか。もう日本の都市には、さして金を持ってない雑多な大衆を、ゆるゆると包含してゆくような空間はないのか。

僕がここ数年来考えてきたことは、その問いのまわりを常にぐるぐるとまわっている。

・・・うん、最後といったけど、もう一回必要かな。ちょっと切ります。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

全方位ヤバス

いま「ワーキングプア」シリーズを書いていたら、こんなニュースが飛び込んできた。

ロシア警備艇、根室の漁船を銃撃 1人死亡

こんなとき鈴木宗男と佐藤優あったれば、と思うのは僕だけではなかろう。

中韓のみならず、ロシアとのパイプもちゃんと生きているのだろうか、とても心配。

山形では加藤紘一の実家と事務所は燃やされるし、もうめちゃくちゃ。

昭和10年ごろだったら、これでイケイケになっているところだろうか。
この辺のころの空気を、ちょっと勉強してみたい。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

August 12, 2006

ワーキング・プア? III

アップしようと思ったら保存してない文章がすべて飛んでやる気を失っておりました。
ここまで間隔があくともういいよ、って感じだけど、しつこく書きます。
「貧しくとも暮らせる空間」の確保と再構築について。

「貧しくとも暮らせる空間」というと、なんと言っても最初に、住宅のことを考えなきゃいけない。
「住む場所」というのが基本であり、一番金かかるところですわ、そりゃ。

しかし、「貧しい」人たちがいないことになっていたこの国で、80年代以降まともな低所得者向けの住宅供給という発想があっただろうか?

市営団地、県営団地がある?
そうゆうのはみんな、家族持ちか、単身なら高齢者か障害者しか入れないじゃないか。いま多くの公営団地が、年寄りと家族で来日するブラジル人で占められつつあるのは、当然の結果である。
「金がないから家族を形成できない」と政府の白書にも明示されている時代に、ちょっとこれはずれ過ぎてやしないだろうか?

確かに日本では、経済的に自立できない若年層が親と同居するというパラサイト・シングル状況が続き、それゆえに「貧しさ」が顕在化するのが引き伸ばされてきた。しかし、山田昌弘さんも指摘するように、パラサイト・シングルがかじるすねも、この5年で急速にやせ衰えつつある。

欧米の都市関係の諸学問や政策の関心の焦点には、ほぼ必ず、低所得者向けの住宅供給(イギリスでは時に"Project"と呼ばれる)というのが入っていて、この種の分野で海外の研究者と話すとき、結構話がかみ合わないことがある。
パリの郊外でも、ロンドンのドックランズでも、低所得者向けの公共住宅には、移民の二世・三世が多くすみ、実質的に貧しい有色移民のゲットーとみなされている。それが昨年末のパリの暴動の背景で、いまこのゲットー化状況をどうするか、というのが関心の焦点だけど、日本の場合はそれ以前に、ゲットー化する基盤となるハード供給すらまともになされていないという、お寒い状況と言うべきだろう。

じゃあ、プライベートな住宅ストックに頼るしかない「貧しい人たち」は実際どこに住んでいるのか?
まずは、都心外周部に堆積している「銭型金太郎」的な築うん十年の木造賃貸アパートということになるのだろうが、そうゆうところこそ、いま「都市再生」の圧力に最もさらされている。が、都市再開発に関する批判は数あれど、再開発により地価と家賃が高騰し、低所得者が都市に住めなくなる、というような視点での批判は、日本には驚くほど少ないように思う。
この辺にも、日本と欧米の関連分野の意識の違いというのを感じていて、欧米でジェントリフィケーションというと、まずはこの低所得者の住宅問題に関する議論が中心となる。これは自戒を込めてだが、日本でジェントリフィケーションの議論をしている人は、商業地域のオサレ方向への再開発を視野に入れている場合が多い。
先日の朝日新聞の「1000ユーロ世代」(なぜか記事が見当たらないので、紹介エントリにリンク)なんかを読んでも、確かにイタリアと日本は状況が似ているのかもしれないが、「1000ユーロ世代」が普通にハウスシェアをしているのに比べて、日本ではぜんぜんそういう習慣は一般的でない。だとすると、ジェントリフィケーションによる低所得者に対する破壊的な効果は、本来日本のほうが欧米よりもずっと激しいはずだ。

もっと路上に直で近いところも見る必要がある。
それは、いわゆる「寄せ場」のバブル期以降の変化だ。

いま、山谷も釜ヶ崎も、もはや「日雇い労働者の町」ではなく、「生活保護とホームレスの町」になっていることはよく知られている。しかし、こうした町や、上野や天王寺などの近隣の公園で、爆発的にホームレスが増え始めたのは90年代前半。それは世代的には、おっちゃんたちのボリュームゾーンがまだ、探そうと思えば日雇い仕事を探せるぐらいの時期であった。

その原因を、西沢晃彦さんは、傑作『隠蔽された外部』の中で、バブル期に簡易宿泊所(いわゆるドヤ)が軒並み改装され、一気に値段が引き上げられたからだ、と論じている。
やたらに仕事があったバブル期に、ドヤはビジネスホテル化し、個室になってコインエアコンがついた代わりに、今までの一泊500円前後が、いきなり一泊2000円以上になった。好況のときはそれでもみんなそこで寝泊りできたが、バブルがはじけて仕事にあぶれるようになると、とてもビジネスホテルで寝泊りなどできず、多くの日雇い労働者が路上に析出されていったというのだ。

それでは、ビジネスホテル経営者のほうも、稼働率が下がり、大変困る。だから今では、釜ヶ崎でも山谷でも、ネット戦略を充実させて外国人バックパッカーや貧乏出張者を顧客にするか、あるいは、おっちゃんらの生活保護費を丸がかえした「福祉マンション」としてちょっとエグイ安定経営を目指すか、、というように二極化しているそうだ。


この辺の政策を考えるときには、公営住宅の単身者・シェア利用の促進にしても、プライベートな低家賃住宅ストックの有効活用にしても、何段構えかの姿勢が必要になるのは言うまでもないが、何にせよ、日本社会が結構貧しい(で、その貧しさ自体は、そう簡単になくならない)という前提に立たないと、まったく進展しない。
バブルのときに、山谷や釜ヶ崎みたいなところでさえ、好況の中で「どんどんよくなる」ことが漠然と前提にされていたから、ビジネスホテルへの改装が次から次に起こったのだろう。

まずは、この認識の共有から、である。
もちろん、社会の誰かを貧困に突き落とすような政策の転換を訴えるのは重要な目標だが、それと「貧しくとも暮らせる空間」の確保を求めてゆくこととを、車の両輪としてやっていかなきゃならない状況に、もうどっぷりつかっている。


そして、「貧しくとも暮らせる空間」にはもうひとつ、ソフトな社会関係資本蓄積の側面がきわめて重要な要素になる。
「貧しくとも人とのつながりを保てる空間」ということだ。

そこはまた、次回にします。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 07, 2006

ワーキングプア? II

ちょっと肉体的な疲労がたまり、1日どころか、あっという間に4~5日たってしまいました。
怖い怖い。

そうそう、「貧しくとも生きられる空間」を社会に確保再構築すること、についてでしたよね。

先の「ワーキングプア」のドキュメンタリーで言えば、石巻でリストラにあった30代が、十分な預金残高もなく、親族も知人もいない東京に出てきて職を探せば、いきなり路上に析出されてしまう。彼は東京の中に、仕事のみならず、なんらの社会的な関係性を築けないであがいている。スクリーンに映される限り、肉体的にも、コミュニケーション能力にも、知的能力にも、特段の難があるようには見えないにもかかわらず。

もしかしたら、皮肉にも、彼が「障害者」とカテゴライズされていたのならば、満足いくものかどうかは別として、障害年金に加えて、何らかの「居場所」を与えられたかも知れない。ただし、障害者自立支援法の施行で、そのわずかな居場所であった授産施設や福祉作業所に通えなくなる障害者がたくさん出ていることは、覚えておかなきゃいけない。これまた「自立」の名の元で、単なる切捨てと疎外が起こっている典型例ですね。


話を30代のホームレス氏に戻せば、これは、必ずしも「当たり前の話」ではないのではないか。

僕が90年代末のイギリスで1年半暮らしたとき、当然路上にはホームレスがたくさんいた。
しかし、少なくともビッグ・イシューを売るような形で顕在化している範囲では、意外にも有色人種があまりいなかった記憶がある。特に、インド系--すなわち、イギリスで言うところのAsian--のホームレスは、ほとんど見かけることがなかった。バングラデシュ系などに関して言えば、世帯あたり所得が、全国平均を圧倒的に下回っているにも拘らず、である。

ちゃんと調べたことはないけれど、ここには間違いなく「家族」の問題が絡んでいる。
ごく簡単に言えば、Asianの場合は、誰かが失業しても、生活に窮しても、「家族」(もちろんそこには、われわれの眼から見れば「一族」に見えるビラーデリー単位も含む)でなんとか吸収してしまうので、いきなり路上に析出されたりしないのだろう。
そういった意味では、彼らの場合は、ゴレ(Asianが言うところの白いイギリス人)とは違って、「家族」がセーフティネットというか、いざというときの社会関係資本として機能しているわけだし、ごく単純に言って、ホームレスの問題というのは、単なる貧困の問題ではなく、社会関係資本の問題だというのが、あらためてよくわかる。

ちょっと横道に逸れれば、実はここに、サッチャー、レーガンからブッシュに至る欧米のネオリベラル政権が、「家族の価値」を強調してきたということのミソがあるというのは、よく指摘されてきたところ。
社会福祉を削れば、零れ落ちた人たちが路上に行きやすくなる、だけど、「活力」を増すためには福祉は削らにゃならんし、といって、いざ路上に言っちゃうと、それはそれでまた社会秩序維持のために金がかかる。そうであれば、その分は、家族に吸収してもらうしかないでしょー、という話なわけです。
だからこそ、サッチャー以降の政権は、「現代において、「イギリス人」が持つべき家族の理念をしっかりもっているのは、Asianだ」みたいな、妙な形でのAsianの賞賛を時々したりする。保守思想とリバタリアニズムの結婚ですね。

確かに日本社会は、「家族」がかなりのセーフティネットになってきたおかげで、若年失業層という「問題」の露呈が遅れたわけだけど、山田昌弘さんもいうように、『パラサイト・シングル』論が依拠していた「親のすね」は、ここ5年で急速にやせ細ってきた。じゃあ、Asian Britishよろしく、大家族・拡大家族の復活となるかと言えば、一部可能になる地域もあるだろうけど、一般的にはなりえまい。
いくら細木大先生がわめいたところで、時計の針は逆には回らない。

さてここでもう一度ぐるっと回って、「貧しくとも生きられる空間」を担保する社会インフラや社会関係資本を、「家族」以外であらためて探さなきゃならないわけだ。

と、またまた長くなってきたので、ここで一旦切ります。


| | Comments (0) | TrackBack (1)

August 01, 2006

もう1日更新できません

「ワーキングプア?」の続き、だいたい書いてはいるのですが、全然時間が取れず。
あんま待ってる人もいないと思いますが、すみませんが、ちょっと更新伸びます。

土日は柏祭りの準備だの片付けだので激死、1日雑事をこなした後、今日は今日とて、後輩からのSOSで急遽館山の合宿に。ただいまより車をぶっ飛ばして突貫日帰り。

あー、何にも仕事がはかどりません。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« July 2006 | Main | September 2006 »