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July 30, 2006

ワーキング・プア? I

一部で話題になってた先週日曜日のNHKスペシャルの「ワーキングプア」特集、リアルタイムで見た後に、録画で見た妻にもつきあって、繰りかえし観る。

この言葉自体は、99年にバーミンガムでの授業で、"Emerging new Inequality"というような枠組みの中で初めて聞いた気がする。
そのときはイギリスでも、"Working Poor"は、ジョブレス(ジョブロス)・リカバリーに直面するアメリカの実態、というニュアンスで、ヨーロッパもこうなるのを出来る限り避けるためにはどういった社会政策が必要か、というような文脈だった気がする。

その言葉が、日本でも普通に市民権を得て使われるまでになっている00年代中葉。

作れば作るほど赤字になる農作物、崩壊した山間の集落、若者が首都に出てくればホームレス。
ミクロの事象としては想定の範囲内の出来事ではあったが、ペルーのドキュメンタリーと錯覚しそうな内容にくらくらする。

秋田の閉塞感を見ていると、鳥海連山が、アンデス山脈に見えてくる。
そういえばこの春から、アンデスの麓の村々で、はからずも耳目をにぎわす事件が頻発してたっけ。

畠山鈴香、岩手洋野町の母子殺害。
いまや、「また大阪か」というより、「また北東北か」と言ってしまいたくなるような感さえある。
先日は、こんなやりきれない事件さえ起こっている。

生活保護却下に死の抗議? 秋田市役所駐車場の練炭自殺

北九州でも生活保護がらみの餓死者なんかがでているが、ここには、昨秋以来の生活保護費への国庫負担割合の引き下げ論議が微妙な影を落としていることは間違いないだろう。

東奥日報:生活保護費/地方への負担転嫁に反対

こんなことにまで各地域の自立性と競争原理とやらを貫徹しようとするのが、現政権(とおそらくは次期「再チャレンジ」政権)である。
出し抜けに、IWGPシリーズの名作、『電子の星』の中で、親友を捜しに山形からやってきたひきこもりの若者が、「たたかって負ける」ことをしようともしない彼に焦れるマコトに、「マコトさんは東京の人だから分からないんですよ。東京に住んでいるというだけで、半分勝っているようなもんだから」と言い返すシーンを思い出す。

「ワーキングプア」特集を見ても、地域間の分配とか労働法制とか社会意識とか、論点はいくらでも出てくるが、とりあえず「この国は結構貧しい」という、今まで見てみないふりをしてきた現実が、いよいよ無視のできない形であらわになってきた、ということにつきるだろう。
いかなる社会政策を考えるにせよ、とりあえず、「この国は結構貧しい」という大前提をしっかり認識して共有することからスタートしなければ、話にならない。

労働者への安定の供給の再構築、適切な生産者と消費者の関係性や消費財/サービス価格の再編成、土木行政に替わるまっとうな地域間再分配体制の確立。そういったマクロ面での政策を模索するのが「王道」。
「現実的」な方法論だけに撤退して、戦線を自ら縮小する愚は避けなければならないから、こういう「王道」に向けたロビイングとか集合行動は、絶対に必要である。

ただし、そんなことを言っていても、大衆は個々の生活をサバイブしなければならない。だからその意味において、ネオリベラルな切り捨てに逢わないように、個々の労働者も、自分の「市場価値」を常に意識しておかなければならないし、子供を持つ親や教育現場は、小さい頃から「職業生活」に直結させる教育を重視し、「キャリアプラン」を意識させることが必要になる。
切り捨てられる「下流」のそのまた下の泥流に、自らや可愛い我が子が落ち込まないために。半径5メートル以内の範囲だけでも、泥流からは首を出しておけるように。いかにそれが結果として、ネオリベラルのシステムを高速回転させる燃料となる結果をもたらすだけのものであったとしても、「アウトノミア」の理想をぶんぶん振りかざすのは危険すぎる。

しかし、やるべきことは、その「鈍重な王道」と、システムに内在したミクロ戦略の両極のどちらかしかないのだろうか?

この国が「貧しい国」だとするならば、そして「貧しい国」だという事実認識を、すっかり忘れ去っていたり、みなかったことにしたがっている国ならば、その両極の合間に、もっともやらなければならない領域が広がっているような気がする。

かいつまんで言うと、「貧しくとも生きられる空間」を社会に確保すること、再構築することであると思う。
月収10万円程度でもまともに暮らせる社会インフラをどう再構築するか。「プレカリアート」層が社会関係資本をすべて断ち切られて、本当の社会的排除に陥ることを何とか避けるような居場所をどう作れるか。

別にそれに対する明確な答えがあるわけではないが、いくつかの補助線になりそうなことはある。
ちょっとあまりに長くなりそうなので、また明日。

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July 11, 2006

2つの引退劇

前回エントリに書いたシンポジウム@下北沢に来てくださったみなさま。
本当にどうもありがとうございました。

何とかみなさまにも楽しんでもらえる内容になったのではないかとほっと安堵しておりますが、各パネリストと司会者は何より多くのものを得させてもらいましたよ。
といっても一週間も前のことなので、筆の早いエンテツ師匠は、もう既に何度も報告記事を書いてくださっている。僕なりのまとめは、またもう少し違った形で、時間をおいて書くことでしょう。


とまれ、この一週間はやたらにビッグニュースが多かったわけだけど、日本海のドンパチにはまるで疎く、とりあえず中国とのパイプが全切れになってしまった副作用という以上の感想が浮かんでこないので、まあありきたりに、やっぱりかなり心を波立たせてくれた2つの引退劇について、簡単に触れておこうかと。

中田さんのほうは、正直あんまり書きたくないんです。
なぜって、この人のプレイに心躍らされたことはあるけど、ナカタという形象が特に好きだったってことがないものでね。悪口書くというスタイルは未だに慣れず、消耗してしまうほうなので。(といってもclosedなSNSにはちょこっと吐き出しましたが)

ただ、せっかくこんな記事を見つけたので、貼っておく。

偉愚庵亭憮録:限りなく透明に近いサムライ・ブルー

このW杯が始まってから久々に見てみた小田嶋さんのコラムは、ちょっと横滑り感が強かったけど、この記事は、コメント欄でのやり取りまで含めて、なかなかいいところを突いているのではあるまいか。

「書きたくない」っていいながらも、それでも少しはこうやって吐き出したい気分になっちゃうのは、やっぱりナカタをめぐる言説空間が、僕ら世代(の特に男子)には、ここ10年間にわたってそれなりに大きなものだったから。ある意味、日本サッカーの歴史における中田英寿本人のプレイそのものよりも、ね。
サッカーにはあまり興味ないけれども、中田のことは好きだし、彼の言動を実によくフォローしてるファンっていうのが、結構いる。「日本のサッカーなんて見れないよ、代表にも興味ない」という人たちの中にも、「中田だけは別だけどね」という人が、これまた存外いる。ヨーロッパでの実績ということだけとっても、実はそれほど大きな格差のない小野や俊輔に関して、こういうことを言う人たちを見たことがないのと、とても対照的である。

で、そういう「コアなナカタファン」--中田のプレイが好き、というサッカーファンではなく--たちとは、あんまり気心や価値観が合ったという記憶がない。
なんというか、僕にとってナカタという人に対する人物評は、一種の安易なリトマス試験紙のように使えることがある。それはおそらく、「自己実現」とか「リスクテイク」とか「チャレンジ」とか、そういった現代日本の価値観を二分する最重要な対立軸の一極を象徴する位置に、ナカタという言説空間があるからだろう。
「ホリエモン」みたいな人も若干それに近かった部分もあるが、この人の複雑な経歴から来る価値判断はより錯綜しているので、とりあえずはサッカー選手という職業に特化していたナカタのほうが、クリアカットなリトマス試験紙に近い印象がある。

そういう意味では、上のコメント欄の下のほうにある「田舎から出てきた人が、すごくムリして大都会の最先端に合わせようとしていがんばっている姿に感じるようないたいたしさ」をナカタに感じるというシンプルな評が、一番ずばっと問題の核心にラストパスを送っているのかもしれない。
確かに僕は、ひたすらに武士になることを目指して粉骨砕身した多摩生まれの近藤・土方の「熱さ」より、その近藤を理解しつつも結局はついていけずに袂を分かつ江戸育ちの永倉新八の「粋がり」のほうに、共感するタイプの人間だ。ちょっとわかりにくい例えかもしれないが、ナカタ-村上龍ラインの、一見クールを装った個人主義的な上昇志向に、とてもマッチョで息苦しいものを感じてしまうということだろう。川口能活のわかりやすい体育会的な「暑苦しさ」以上に。

一般的には「クール」と受け止められるのだがその実ものすごく「マッチョ」なナカタ-村上龍ラインの世界観に、明らかに関係なさそうな人たちが憧れるている状況はあまり健全なものだとは思わないし、個人的には彼らの世界観が覆いつくさない隙間を探して生きていけたら嬉しいなぁ、と思う今日この頃。

さきのナカタの痛々しさを指摘した慧眼のコメンテータは、このように続ける。
「そんなにムリしなくていいのになあ、と思うけれど、ムリするところがすでに身にしみついてキャラになっているのでしょうね。」
ナカタは、サッカーというのはステップで、あくなき人生のトータルな上昇過程の中での取っ掛かりと考えていると、若い頃から匂わせていた(だからこそ、イメージ・コントロールを強力にかけ、「産業」を通じて自分をできるだけ大きく見せることに執心してきた彼が、最後に「素のサッカー愛」を持ってきても、ちょっと白々しさを感じたわけだが)。 
で、彼個人に関しては、サッカーというステップに関して、現状で可能な最高の形で幕引きをして、次のキャリアへと向かっていく「成功者」であり、そこに外部の人間が感じるのは、ある種の「いたいたしさ」やら「滑稽さ」やらに過ぎないのだけど、凡百の「ナカタに憧れている若者たち」はどうだろうか? 身の丈にあわない自分探しを繰り返しては、果てない自己実現を目指し、「ムリすることをキャラ」にしてまでプライドを肥大させていく層がマッシブに現われているとしたら、「いたいたしさ」や「滑稽さ」では済まない。

そう考えると、今回の一件で一番泣けてくるニュースは、所属事務所が例の引退メールを許可申請があれば転載・使用可ということにしたら、全国の学校教員から、「道徳の授業に使いたい・・・」というような問い合わせが200件ぐらいあったんだという話か。
このワイドショー向けのコメント自体営業のような気もするが、マジだとするとちょっとやばいよ、何かが。


して、もひとつの世界的なスターのほう。
あまりに予定調和すぎるできすぎたストーリーを自ら壊したのだと、したり顔で呟くには衝撃的過ぎる。
FIFA最優秀選手を3度も取った名手が、引退を公言して勝ち進んだW杯の決勝で、言い訳の聞かない暴力行為を犯して退場するなどという事態は、今後サッカーの歴史が1000年続いたとしても二度と起こらないだろう。

しかも、見知った顔のDFと、さっきまで笑顔交じりで談笑していたのが、何かの一言をきっかけに、突然きびすを返して頭突きをするとなると、いろいろな憶測がしばらくの間飛び交うのは避けられまい。

ジダン頭突きめぐり各国で憶測報道

ジダンはもちろん、こうした憶測に今後一切否定も肯定もしないだろう。もし事後に何らかのリアクションを取るぐらいなら、レッドカードが出された時点でもっと派手な抗議を行っているはずだ。
が、当のジダンは、この愚行が招来する、今後の自分が巻き込まれる報道やら商品価値の低下やらまで含むすべてを飲み込んで、静かに目を伏せてピッチを後にしたように見えた。

確かに激高の前科がない選手ではなかったが、あの特別な場で、すべてのカタストロフを理解している彼をしてなお、踵を返さしめた一言があるとすれば、それはやはり家族に関することか、人種に関することか、いずれにせよ彼の出自に関連する何かであっただろうという憶測が乱れ飛ぶのは自然なことだ。

その真実が明らかになる日は決して来ないだろうが、こうしてレイシズムに関わることが、こんなマイナスな形で話題になってしまったということ自体、現在のフランスの、いやヨーロッパの暗澹たる情勢に止めを刺してしまうようないやな感じがする。

先日参加した移民学会のシンポジウムでも、98年のW杯制覇によって、フランスは人種を越えた社会統合の夢を束の間見られたというのは、単なる俗説というわけでもなかったですよ、とフランスの移民政策を追いかけてきた専門家にも強調されていた。
しかし、その束の間の夢も醒めて郊外団地の「停戦」も終わり、昨年末には最悪の状況に陥ったのはご存知の通り。そして、雇用促進法をめぐるこの春のデモも、雇用の安定性を訴える若者たちと、そもそもそのスキームにも乗れない失業中の移民の若者たちたちとの間にある溝を、際立たせるものでしかなかった。

こんな情勢下で、98年の夢をもう一度見れる寸前まで到達しながらのジダン「事件」。
その愚行を行ったのがいかな英雄といえども、「やっぱりアラブ系の人たちは、キレやすいんだわ」「ああいう非理性的な(uncivilized)人たちと一緒に暮らすのは難しいねぇ」などという差異主義的な人種主義(バリバール)を、フランス中のパブやお茶の間で再確認させてしまった可能性は、否定できないだろう。
もちろん、そうした反応の可能性なども十分わかった上で、それでもなお、頭突きせずにはいられない何かの言葉が、そのときピッチ上で発せられたのだろうが。

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