« 自分の生活が、まだしも悪くならなそうなヒトをちゃんと選ぼう I | Main | 自分の生活が、まだしも悪くならなそうなヒトをちゃんと選ぼう III »

September 09, 2005

自分の生活が、まだしも悪くならなそうなヒトをちゃんと選ぼう II

今回の選挙の核心的な争点は、小泉総理のネオリベラル改革の継続→結果としての格差の増大を是認するかどうか、というところであるということは、だいぶメディアでも取り上げられるようになってきた。

OECDは、ここ5年間の規制緩和の結果先進国最大に急増した日本の不安定雇用人口比率を、社会的不安の原因となりかねないと講評し、日本の貧困率(可処分所得の中央値の50%以下の所得しかない人の割合)が先進国ではアメリカ、アイルランドに次ぐ第三位の15.3%にも達することを指摘した。

もちろん、「高齢化率が高いから」とか「主婦のパート労働を誘導する制度があるから」など、まだまだ「日本は努力をした人が報われない平等社会だ」と言い張りたい側の言い分はいろいろあろう。
しかし、この数字を見せ付けられると、この先には実質もう「アメリカしかない」ことがはっきり印象付けられる。つまりは、アメリカのように流動性が高く、格差も巨大な社会を目指すことに、日本国民は同意するのかしないのか、これを問うのが今回の選挙の核心だということ。その理解は、マスコミにも取り上げられ、普通に広まりつつある。

ただ、それを受け止める反応が、なんとなく浮ついているような感じがするのはなぜだろう。
それが語られるスタジオの空気も、ネットでの受け止め方なんかを見ても、どうにもヒトゴトの話のように上滑りしている感がある。

このデータを理解し、問題の所在を何となくは理解しつつも、小泉改革により「守旧派」のくびきが除かれて「実力社会」の世の中がくれば、現在うだつがあがらない庶民にもチャンスの分け前が降ってくるかのようなふわふわした期待感が、結構蔓延しているように思うのだ。


僕は、以前も書いたとおり、将来の見通しの効かない都市の若年不安定雇用層に属しているという自意識があるので、そういう立ち位置で物事を考えることが多い。
この状況で、急速に拡大しているその層が、小泉改革を支持しているとすれば、おそらく以下のようなタイプにわけられるんじゃないか。

1)ウザイ制度だの既得権だの年寄りだのがなくなれば、俺って結構いい線いけるんじゃないの?


2)より激しい競争社会になったときに勝ち抜く自信まではないが、不透明な社会はよくないので改革は賛成。まあでも、格差が拡大するったって、自分が生活できなくなるほどじゃないでしょ。

3)格差の拡大は、国際競争に勝ち抜き、社会の活力を確保する上では、やむをえないことだろう。プライオリティは、国際競争力の維持・拡大にある。

4)激しい競争社会で勝ち組になれるチャンスの目は、針の穴ほどなのはわかってる。でも、その一攫千金に賭けるのが漢だろう。オッズは高けりゃ高いほどいいよ。俺?運悪く負けて野垂れ死んでも納得できるね。

4)のカイジさんやアカギさんは、ほっとくしかない。以前ちょっと話題になったエントリで触れた話だが、こういう納得づくのギャンブル狂は、信じる神が違うというほかはない。しかし、日本社会にはまだこういう異教徒は多くないと信じたいし、実際そう多くはないと思う。


では、能天気な1)の人へ。
小泉改革をはじめとするネオリベラルな改革がもたらすのは、大抵の場合、庶民が素朴に信じる壮大なガラガラポンではない。現在「すでに勝っている人」の一部が「勝ち組」から没落し、残りの「すでに勝っている人」のもとに富と権力が集中していくという過程をたどることがほとんどだろう。
だってスタートラインが違うわけだからね。

わかりやすいのは官僚である。
彼ら自身、長年「理不尽」で「非効率」な要求を押し付けてくる代議士センセイや業界団体にほとほと嫌気がさしていた。その上、出世コースに乗っているほとんどのキャリアはアメリカに留学し、彼らぐらいの「能力」のある人たちは、日本では考えられないぐらいガンガン稼いでるのを見聞きして、欲の皮が突っ張る。自分に正直な人は、そのまま村上世彰みたいになったが、「談合体質」を打破して効率的で能力のある人に見返りのある社会を作らなければならない、というお節介な正義感に溢れた人は、以前は民主党、いまであれば小泉自民党から出馬して政治を目指すようになる。

基本的な構図はそんなところだろう。そして、あらゆる教育社会学的知見が明らかにしている「機会不平等」の中で、その集中は世代を経て強化・固定化される。

とりあえずあなたたちは、もう少し現実を見据えてください。


2)と3)の人は基本的に同根だ。
ある程度の所得のダウンフォースや、低所得・不安定雇用層への負担増が起こっても、まあ何とかなると思っているから、そう悠長なことを言っていられるのだ。

しかし、それは果たしてそうか?
将来的な予測をめぐっての是非になってしまうので、白黒つけることはできないが、有権者は、もう少し切迫感を持った結果としての「エゴイスト」になるべきなのではないかと感じている。

現在300万そこそこの収入があって、まあ何とかやっている層が、200万以下の収入になっていった時に、いまの生活を守ることが出来るのか? 家族を形成し、子どもを作って、共働きで高校・大学まで通わせることができるのか?
その辺のことを、しっかり具体的な切迫感を持って考えること。何とか生き抜ける「年収300万時代」--この数字は、生活者の発想転換を促すための便宜的な最低所得水準から、守るべき/達成すべき目標へとあっという間に後退した--を脅かしかねない可能性を避けるよう、動くこと。そういうことが必要なぐらいに、いまは追い込まれているのではないだろうか?
そういう意識を強く持っていかなくては、徹底した構造改革の結果、庶民にとっては家族でマクドナルドに行くことが月に一度のイベントになってしまった80~90年代のニュージーランドみたいな状況に、あっという間になってしまうだろう。(余談だが、先日たまプラーザでの応援演説で「郵政民営化賛成」をぶって岩国哲人を困惑させた中田宏横浜市長が、ことあるごとに改革の成功例として持ち上げるのが、このNZである。)

「格差が増大するぐらいの社会でないと活力を保てない」「社会的平等と社会の活力はトレードオフ」という命題そのものは、実際には相当なイデオロギー的思い込みと思われる。

しかし、その議論はいまは置いておく。(とりあえずここを参照のこと。まあ直感的に考えても、デフレ状況下ではリスクチャレンジマインドが萎縮するのは当然のことなのだが・・・)
いま考えるべきなのは、もし仮に「社会の活力」とやらを維持するためには「格差の拡大」がやむないものだったとしても、それでもなお、「負け組」に編入させられる可能性が高い層にとっては、自分の生活に対して確実にマイナス影響の及ぶ「格差の拡大」に反対すべきなのではないか、ということだ。

だいたい、「高額所得者の所得税を引き上げると、頭脳流出が起こって国際競争力を落とす」なんてことを、堀江貴文候補(笑)が主張するならともかく、絶対に自分とは縁のなさそうな人たちが真剣に主張するのをよく耳にするけど、何だかおかしくないか?
マクロに目配せしてそんなご立派なことを言っている余裕など、いまの多くの日本人にはないはずで、自分の生活がどうなるかだけを気にしたほうがいい。
(ちなみに、いまだに日本は強力なる累進課税で、法人税もバカ高いと勘違いしている人もいるかもしれないので書いておくと、所得税の最高税額はここ20年で70%→37%になり、アメリカとほぼ同水準。法人税も度重なる減税の結果、アメリカよりも若干低い39.54%になった。法人税に関しては、英仏のほうがぐっと低いが)


郵政民営化にしたってそうだ。
国民新党の「田舎の郵便局がなくなる」っていう主張は、確かに都会の低所得・不安定雇用層には響かない。
しかし、本当に都会にさえ住んでいれば、何もマイナスがないのだろうか?

よく言われることだが、郵政民営化は長いこと、日本政府に対するアメリカの年次改革要望書の最重点項目だった。アメリカとしては、郵貯・簡保の350兆円という世界最後の広大な秘境=「鎖国マネー」を、グローバル金融資本の回転の中に組み込みたくて仕方がない。小泉はそこと手を組んで、政権を維持してきた。これは明らかな事実だ。
しかし、仮に民営化後の郵貯・簡保が外資の傘下に入ったとして、ハゲタカファンドに350兆が「盗まれる」わけではない。むしろ彼らは、洗練された金融工学の手法で、より「積極的に」運用し、郵貯・簡保のユーザーに高利回りを提供してくれるだろう。日本国民に、またひとつ有利な金融機関の選択肢が生まれるのです、誰が困るというのだ、それを批判するのは噴飯ものだ・・・

そう、確かにそのとおり。
しかし、よく考えてもらいたいのは、ここからだ。民営化し、なかんずく外資の傘下に入った郵貯・簡保で、抽象的な「日本国民」ではなく、「私」は「僕」は、本当に得をするのかと。

郵便局の簡易保険はもともと、大正3年に政府の社会政策の一環として始まったものである。それ以来、無審査、職業による差別がないのが大きな特徴になっている。
しかし、民営化後の、ましてや外資の傘下に入った後の旧簡保はどうなるだろう? 都会のホワイトカラー層にさまざまな魅力的な商品を提供することの見返りに、当然ながら職業によっては加入できなくなる人が出る。既往症や生活習慣病があれば、さらに門戸は狭まるだろう。
もちろん、職業によって掛金の差もどんどん大きくなる。すっかり定着した外資系保険会社の雄、アメリカンホーム保険では、1級職(ホワイトカラー)と3級職(建築作業員やドライバーなどの現業職)では、掛金の差が2倍ほどにもなる。(数年前のこの会社の自動車保険のCMを覚えているだろうか? 優遇保険の適用条件を一つ一つ読み上げると、ブルーカラー風の人たちや若者が効果音と共にどんどん消え去り、それを残った中年の男女がへらへら笑いながら見ている感じの悪いCM。生保と損保の違いはあれど、基本的にノリは一緒である)

あなたが肉体労働で生計を立てているフリーターだとしたら、この一点を持ってしても、郵政民営化には反対するに十分なはずだ。

貯金にしたって、似たようなもの。
リップルウッドに捨て値で買収された新生銀行が先鞭をつけ、日本の都銀も追随していったように、いま銀行は大口預金者を囲い込むべく、彼らに対して、金利を含むさまざまな優遇措置を拡充している。郵貯だって民営化されたら、小口の預金者は、口座維持費とATMでの手数料がボディブローのように効いてくる。

郵政民営化の小難しい議論に首を突っ込んで「大局的に」判断するのも結構だが、とりあえず自分の生活にプラスなのかマイナスなのかで判断することに、最もプライオリティを置くのが自然なのではないだろうか。

これだけ給与水準と生活が下方圧力に晒されてきたのに、それでもなお、「自分の生活」を二の次にして、「大所高所」のイメージ戦略にのっかっている庶民が多いことに、何と言うか、憲法9条オタクにも負けず劣らずの「平和ボケ」を感じてしまう。


では、都市の若年不安定雇用層は、実際にどこに入れるのがいいか。
構造改革で格差を拡大してきた小泉にNOで民主党? そう単純に考えていいのか?

つづくっ!

|

« 自分の生活が、まだしも悪くならなそうなヒトをちゃんと選ぼう I | Main | 自分の生活が、まだしも悪くならなそうなヒトをちゃんと選ぼう III »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/27113/5865283

Listed below are links to weblogs that reference 自分の生活が、まだしも悪くならなそうなヒトをちゃんと選ぼう II:

» 横浜の衆議院戦立候補者たちのそれぞれの顔 [横浜ブログ]
さてさて横浜の候補者達を知るのに一番オススメなのが神奈川 新聞・カナコロ編集部のブログにある神奈川県内の候補者はこんな人です。 横浜に関連があるのは1区~6区と7区~9区の記事になります。 ニュースだと自分の選挙区の候補者自身の話を聞くことは少ないかと思いま..... [Read More]

Tracked on September 10, 2005 at 09:35 PM

» 自動車 保険 [自動車 保険 簡単 見積もり ]
↓↓↓↓↓ 自動車 保険 簡単′括 見積もりは ↓↓↓↓↓↓↑↑↑↑↑ 自動車 保険 簡単′括 見積もりは ↑↑↑↑↑↑  [Read More]

Tracked on September 11, 2005 at 03:04 PM

« 自分の生活が、まだしも悪くならなそうなヒトをちゃんと選ぼう I | Main | 自分の生活が、まだしも悪くならなそうなヒトをちゃんと選ぼう III »