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March 29, 2005

贈る言葉

別に国歌だの国旗だのに萌えも燃えもしなけりゃ、燃やしたくもならない自分にとって、こういう話題について触れるのは芸風じゃない。基本的には、どっち側であれ、そうゆう性癖をお持ちの方々が勝手に噴き上がってくださいな、というスタンス。
しかし、昨日のクローズアップ現代を見て、いま都立高の現場で行われていることはさすがに面白すぎたので、ちょっと触れましょう。
1年前のこのシーズンにも、日の丸・君が代強要に批判的に言及した中野のPTA会長が吊るし上げにあった事件があったりと、もはや年中行事の観もあるが、もう国旗国歌うんぬん本来の議論とは、完全に別のところにあるね。

何でも、いま都立校の卒業式では、掲揚すべき国旗の大きさから壇上の位置まで厳格に決められた通達書が都教委から配られ、君が代斉唱時に起立しない教員は「処分」(「初犯」で戒告、「再犯」で減俸)されちゃうんだってね。

現場の管理職たる校長は、ほぼこの件の徹底だけを目的とした会議の出席のために新宿まで呼び出され、部下の教職員に対して、「卒業式の秩序ある遂行に協力する」ように、前例のない公印入りの指示書を出す。
まあ、率直に言って、「おいおい、この学校現場が一番クソ忙しい時期に、そんなどうでもいいことにエネルギー割くなよ&割かせるなよ~。もっとやんなきゃいけねぇことあんの山ほどあるの、わかってんでしょ」な話である。

で、現場のトホホな反響が(こういっては申し訳ないが)面白い。

都教委の方々が想定しておられるような国旗国歌への教条的な反発など、今日びの教員のほとんどは持ち合わせてない。しかし、「多様性」や「民主主義」を生徒に教えてきたと自負するマジメな教員にほど、このような「押し付け」が上から降って来ることに反発する気持ちが生まれる。
管理職は管理職で、現場の反発を心情的には理解しながらも、これを徹底させないと今度は自分たちが都教委から処分されちゃうので、通達を徹底しようと躍起になる。
それを受けて、教員側は心中揺れながらも、「君が代斉唱時には起立するように」という当たり前といえば当たり前、くだらないといえばくだらない指導をHRなどで生徒にするわけだが、生徒から、「これ、立たないと先生処分されちゃうんでしょ? なら、別にどうでもいいから立つよ」とか極めてオトナな反応を返され、また心中揺れてしまう。

かくして、本来ならそんなものなかったはずの「板挟み」状況が、いたるところで発生しているわけである。

この生徒と教員の微妙な立場の差っていうものの背景も、きわめて香ばしい。
もちろん、「国旗国家法」が成立したときに、国会では、「この法制定は教育現場での強制にするつもりはない」との政府答弁が繰り返されている。
なのにどうして、こういう現場での「強制」が行なわれるのか。それは、教員のことは都教育公務員としての服務規程で縛れる、という解釈である。生徒に対しての直接の「強制」はできない。しかし、教員自身が君が代斉唱に起立することはもちろん、生徒に「指導」すること--そして指導の「失敗」を罰すること--も、服務規程の範疇である種の強制力をもって行なわせることはできる。この理屈でもって、卒業式での「全員起立」の秩序が直接・間接に徹底できる、という理屈だ。

その結果、相対的に自由な立場にある生徒に教師が気遣われてしまうという、なんだかなぁ、な状況が生じるわけ。
愛国心教育→若者の秩序回復、という保守派が狙う電波ロジックにカンガみても、この君が代指導→生徒/教師秩序の逆転、というサイクルはどうなのよ、と。

じゃあ、この状況で現場の教員はどのように生徒に向き合ったらいいのか。
自分も教育の一端に携わるものとして全くの無関係ではないので、少し考えてみた。

「せっかくの卒業式なのにさぁ、こんなことガタガタ言われんの、みんなもヤかもしれないね。僕も代表戦見に行った時は普通に君が代歌ったけど、細かいことまで上からああしろこうしろ言われながら歌うのなんて、ちょっとムカツクよね。
でもさー、みんなが歌ってくんないと、僕の給料減らされちゃうかもしれないんだわ(笑) つーわけで、みんなまあ四の五の言わずに歌ってよ(笑)
これからさー、みんなも社会に出ると、こういう納得いかない縛りとかいっぱいあるわけよ。まあ、社会ってそんなもんだからさ。それに正面切って逆らっても全然いいことないよ。今回みたいに、別に歌ったところでそれほどまずい事が起こるわけでもないんなら、まあムカツク気持ちは胸にしまって形は整えときなさい。それが、社会で要領よく生き延びるコツだよ。
でもね、納得いかないことは絶対変えられないってわけでもないんだわ。一応民主主義ってことになってるこの日本では、社会のオカシナコトを変えていく回路がまったく閉じられているわけじゃない。今回の事でいえばね、分かりやすいよ。石原さんがね、都知事に選ばれなくなったら、まず間違いなく、こういうことはなくなるんだよ。逆に言うと、石原さんを選んだのは、先生たちや君らのお父さんお母さんなんだから、こっちにも責任はあるわけなんだよね。
石原さんだって、結構いいことやってるんだよ。でも、他のいいことと比べても、どうしても君が代歌わさたるのがヤだったら、再来年の選挙では君らも選挙権あるんだから、石原さんに票を入れなきゃいいんだ。周りの人たちに、石原さんに票を入れないように話をしてみればいいんだよ。」

こういうぶっちゃけトークを、18歳のみなさんへの「贈る言葉」にする価値は、それなりにあると思うのだが。

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