« June 2004 | Main | August 2004 »

July 25, 2004

沖縄B級グルメ覚え書き

日常の食べ日記は、東京グルメにラウル名でつけているので、ブログには書かないんだけど、沖縄の件は、忘れないうちにこちらに覚え書き。


8月9日

多磨で講義→アメ横で聞き取り→羽田と、アイドル並みのスケジュールをこなして那覇到着後、琉球大のパーティにまっすぐ向かうも、もう着いたころには料理はないだろうなーと思い(予感は的中)、見栄橋から国際通りに向かう途上で、適当なそば屋に入る。名前も忘れちゃうぐらい普通のお店だったけど、味も普通。柏・CADENASのほうが美味しいぐらい。そばより、おばぁの話のほうが面白かった。
パーティでビールだけ飲んだあとは、国際通りOPA隣の「ゆんたく屋」にて呑んだくれ。これ以後連日、夜は「おめぇは、いつも調子よすぎんだよ」と某様に苛められたことしか覚えておらず。


8月10日

麺工房 島風

琉球大で出たいかにも沖縄~な弁当もまあおいしかったけど、夕方シンポジウムを抜け出して、近くの我如古十字路近くの「麺工房 島風」にて、トウガラシ麺のソーキそばと、じゅーしぃ(炊き込みご飯タイプ)を頂く。
この真新しいそば屋さんは、K君のお母さんのお友達が最近開いたお店。スープを一口飲んで、顔がほころぶ。昆布だしと豚だしに、いろんな魚を混ぜたと思しきとても複雑な風味。初体験の、しかしほっとする味。麺も自家製で打っているので、日替わりの練りこみ麺が食べられるらしいけど、トウガラシ麺も、とてもよかった。
ほんといい店ですよ~ ご馳走していただいちゃったからって訳じゃなくて、大宣伝。レンタカーを借りて、那覇かコザ方面に向かう人は結構立ち寄りやすいところだから、ぜひどうぞ。

その後の夜は、オーパの地下の串焼き屋やら、国際通り沿いの居酒屋やらに行った気がするけれど、またまた呑んだくれるのみで記憶なし。


8月11日

もりよし

もういいかげんグタグタに疲れていたので、最後のワークショップをサボって、M夫妻と、クロージング・パーティ会場近くの宜野湾市大謝名へ。
ろか~るな社交街近くで、うまそげな店を探すもあまりなく、首をひねりながら入ったこのスナック仕立ての居酒屋。安っぽいソファに身を沈めて、オリオンビールを待つもなかなか来ない、料理に至っては30分待ってもまだ来ない、やっちゃった感が漂いながら、ぼーっとオールスターを見ていると、運ばれてきたてびち(豚足)とゴーヤ・チャンプル、ナーベラー(へちま)炒めに完全にやられました。
てびちは、じっくりと煮込んだあと、じゅぅぅっと胡麻油で焼いてあるのか、未体験の食感と香ばしさ。手がかかってます。僕の生涯肉料理ベスト5皿に食い込んできそうな、おいしさです。チャンプル系もいちいちおいしい。何でだろ。グルクンの唐揚げもパーフェクトな揚げ具合。
他のお客さんはといえば、豆腐ようあたりでちびちび独りでお酒を飲んで、「大将、帰るよ~」と一声かけてお会計せずに帰ってしまう、戦後の関東ではありえないようなお店。奥に引きこもって、ひとりで僕らの注文を切り盛りしてくれた大将は、ずっとオールスターが気にかかって仕方なかったんでしょう、申し訳ないことをした。


8月12日

OBLIGGATO

北谷に向かうバスを適当に降りた58号線沿い、発見した大規模なメキシカン。オブリガードって、スペルOBLIGADOだと思うし、そもそもそれってポルトガル語だと思うんだけど(スペイン語だとグラシャスでしょ?)、どういう意味なんだろうか、店名?
そんなB級感ぷんぷんのお店でやや不安に思うものの、中に入ると、米兵が家族や「おんな」連れでたくさん。コロニーだね~ あとで知ったんだけど、沖縄でも有名な嘉手納のお店の2号店なんだって。
ビーフ&ビーンズのケサディヤと、大定番タコライスを。まあ、こんなものかと。


アメリカン・ビレッジの回転寿司屋

地の刺身をひととおり食べておきたかったのだけど、なかなかチャンスがなかったので、やむなくここで一つまみ。
グルクン(タカサゴ)、タマン(ハマフエフキ)、イラブチャー(ブダイ)、サワラ。どれも大味で水っぽい。正直なところ、本土から運んだと思しきイワシなんかの方がまだ美味しく感じるのは、保守的な舌のせいだけか。職人がよければ、タマンの刺身なんてうまそうなんだけどなー しかし、その割には、結構値は張ってしまう回転寿司。沖縄は寿司食べる習慣が最近までなかったというから、価格もまだまだ高いのだろう。
帰りに、那覇行きのバス停の場所を聞いても、店じゅう誰も知らなかった(w 車社会だねぇ。


さかえ

牧志公設市場脇の社交外にある、有名なところには有名なヤギ料理店。ディープで隠微な店構えに、独りできた自分は一瞬ヒヨルも、カランコロンとベルのついた扉を開けると、底抜けの笑顔のねぇねぇに迎えられて、落ち着いてしまう。月曜だったこともあり、カウンターには僕しかいなかったこともあり、いろいろ教わりながら食べる。
ヤギ刺身、豆腐ようで、自家製のふーちばー(ヨモギ)泡盛を、ちびちびと。ヤギの刺身、噂どおり食べやすい。ゴム状の脂身に一瞬引くが、これがコリコリした食感で、存外さっぱりしてジューシーな正身と、二重の美味しさを味わえる。これは絶品です。ヤギは値段が高く、お祝いの席でもないとなかなか、とのことだが、平皿一杯の量が1300円
だからねぇ。本土の感覚からすると、めちゃめちゃリーズナブル。
しかし最高のツマミは、ねぇねぇの機関銃のようなおしゃべり。11時で看板になってしまうところを、ラストオーダーの10時半ギリギリに、ヤギのじゅーしぃ(この場合は雑炊)を頼んでしまうと、看板かけてからも、一緒に「あいのり」を見ながら、40分以上煮込んだじゅーしぃを、ハフハフ言いながらこれまた一緒につつく。沖縄だねぇ。かぶりつきで「あいのり」談義をしながら、本土の人間にじゅーしぃを煮込む、これも別な意味でコロニアルでしょうか。
で、じゅーしぃのお味は、ふーちばーでヤギの臭みが一切消えて、これまた絶品でした。国際通り近辺に泊まる機会のある方は、ぜひとも迷わず、臆せず、さかえでヤギを。


8月13日

牧志第一公設市場2F お食事ツバメ

最終日、お買い物にきた公設市場の食堂フロアで探すは、イラブ汁。昨日の北谷の浅場でお見かけいたしました、ウミヘビちゃんです。
イラブ汁定食1800円なり。正直高いが、期待で胸を高鳴らせ、しばし待つ。
で、運ばれてきた瞬間高まったのは胃の位置。食道方向に、胃が30cm持ち上がる感覚を、人生ではじめて味わいました。煮詰まったタイドプールの海水の中で、野生の獣を干上がらせたような匂い。海と陸の悪いところの匂いばかりが交じり合ったような感じ。ひぇー。ゲテモノも基本的にOKな人なのだが、この匂いには完全に食欲を失った。
汁の中には、皮のついたままのウミヘビのぶつ切りと、てびち、大きいまんまの昆布がどーんと。ありえな~い。それでも根性出してウミヘビをつつくと、小骨だらけの中にある身は、ゴムのような筋肉質とゼラチン質がくっきりわかれていて、どっちもどっちできっつい。
といいながらも、逃げ場は、沖縄の安定食屋のまずい白飯と、これまたなぜか異常にまずいゴーヤの漬物、申し訳程度のミミガーの小鉢しかない。
しかし、根性見せて(誰に見せているというのだろう)イラブ汁を飲み干す頃には、「カミーユ、こぉれでも食らえぇ、ウミヘビだー ギャハハハ」という哄笑が耳にコダマしておりました。ええ、参りました、もう勘弁してください、ヤザン大尉・・・


というわけで、まとめますと、ヤギはOK、ウミヘビはNG。
でも、さとなおさんは、「沖縄ヤギ地獄」といいながら、イラブ汁は褒めてるから、店にもよるんだろうな。個人的にはウミヘビはもうトラウマなので結構ですが。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

July 21, 2004

そういえば

さまざまな疲れの蓄積で、日月は寝飛ばしてしまいました。
しかし、寝飛ばせる完全休養日があるだけでも、大方のみなさまよりは幸せかと。

そういえば1

もうそろそろコンビニにもあまり置いてなくなってしまったかもしれませんが、先週末出たAERAの最新号、桜蔭&開成特集に、取材協力しております。コメントも結構長く取り上げていただいてます。400人中東大合格215人という前代未聞の不名誉な(?)K点越え記録を作ってしまったうちの学年近辺への集中的な取材が中心になっています。
自分のコメント自体は、オリジナルサイトのプロフィール欄に書いた、開成に関するくだりの通りなんだけど。

必然的な部分と、偶然の部分あわせて、コメントを寄せているのが、かなり親しい人だらけでいいのかな、という気も多少しますが、まあオッケーでしょう。(おかげで、これを機に旧交が温まって飲みに行ったり、こちらは楽しかったです)
全体的にとてもバランスの取れたいい記事になっていると思います。

ま、伊豆山元校長批判の持論は、記事になってませんがね(笑) 賢明な判断でしょー。


そういえば2

未曾有の大水害で全国区になってしまった(?)「五十嵐川」。
実は、全国の五十嵐さんの相当部分のふるさとは、この中越地方なのです。

僕の祖父の親戚はすべて、利根川の水運で行き来していた下総の低湿地帯一円に散在しているのだけど、利根川と横利根川に囲まれたエリア周辺には、いまだに五十嵐姓が多い。
そこには、祖先は利根川を下って越後方面からきたという言い伝えがあるそうな。

かの地には、五十嵐神社なるものがあり(読みがイカラシなのに注意)、全国五十嵐の会などというものも催されております。
そのサイトによると、五十嵐姓はもともと、垂仁帝第八王子「五十日足彦」の流れを汲むそうな。この事実を初めて知ったとき、容貌から(?)自分の祖先は北関東の俘囚に違いないと信じ込んでいた自分には、多少のショックがありました。
(とはいえ、祖母の下総・小泉は、平将門→千葉六党へと確実に辿れる土豪の系統なんだけどね)

今度全国五十嵐の会行ってみっかな。
五十嵐亮太こないかな。
五十嵐こずえっていうAV女優、いいオンナだっけな、ってこれは源氏名か。萎え。


| | Comments (1) | TrackBack (0)

July 12, 2004

「占領下」なんですよね、やっぱり

実はいま、沖縄・那覇は国際通りのネットカフェにいます。

昨日まで、というか今朝方まで、某仕事に拘束されてヘロヘロだったのだけれど、今日は午後からいろいろと出歩きました。

実は初沖縄なのですが、やっぱすごいですね。
島を貫く58号線沿いとか、車窓のどっちかかたっぽは絶対基地になってるわけじゃないですか。

必要なのかもよくわからんほどの広大な芝生。これでもか、という数が整然と並ぶ軍用車やスクールバス。基地と反対側の貧相な学習塾にかかる看板のキャッチは、東京の大学や琉球大学への進学数ではなくて、「基地内○○大学に全員合格実績」の文字。道行くアメラジアンらしき顔立ち。やたらに目立つ「US放出品」だの「US家具」だのの看板。地方都市にはありえないぐらいの「オシャレ」なバーの隣には、これまた笑っちゃうぐらい傾いた「イイ味出してる」スナック。

そんなものをぼーっと眺めながら、タクシーの運転手の、「この前、スナックですっからかんになった米兵に料金踏み倒されてさぁ、中入ってっても誰だかわからんのさ」などという話に相槌を打つ。

たどりついた北谷の砂辺海岸で海に潜ると、水深5メートルのところでなお、嘉手納基地から飛び立ったF15の爆音が響く。
ダイビング・ショップの並ぶ砂辺海岸の雰囲気にかなり「垢抜けた」ものがあるのを見て、「グアムや沖縄、タイやフィリピンのリゾートといった東アジア・太平洋圏のビーチ・リゾートが似たような「南国」イメージをかもし出しているのは、その全てに米軍がいることとかなり必然的な関係があるのではないか」という、シンポジウムでの議論を思い出す。

非常にナイーブな反応で悪いのですが、いまさらながらにぐっと来るものはありますよね。
こういうところで日々生きていたら、やはり感じ方もいろいろ違うようになるのだろうな、と。


そんな中で、ここはいろいろな意味で行っとかなきゃ、と思っていたアメリカン・ビレッジでは、腰が砕け、そして考えこむ。
「カリフォルニアの雰囲気をふんだんに取り入れた大人気スポット」との触れ込みだったが、何のことはない、観覧車のあるただの郊外型ショッピング・モール、そのまま野田ジャスコと取替え可能。唯一違うのは、子供をつれた非番の米兵の姿が多数見えること。

この含意は、ちょっと反芻してみたい。
間違っても、「日本中がアメリカナイズされ、郊外の均質化が進んでいる」なんていう単純な話ではないからね。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

July 08, 2004

勝ち組メンタリティ

最近、MOONLIGHT MILEというマンガにはまっている。

まだあまり有名じゃない気がするけど、出色の名作だと思う。
アラスジはここがいいかな。

簡単に言うと、BS(宇宙空間での建設作業のスペシャリスト)の猿渡吾郎と、存在自体が極秘なアメリカ宇宙軍少佐・ロストマンの二人を中心にした、極めてリアル志向の直近未来宇宙開発ストーリーで、アメリカの進めるネクサス計画(月に眠る次世代資源・ヘリウム3の開発計画)をめぐる、もろもろのお話。
大きな世界観の背景に米中冷戦があり、それに絡んで、アメリカ社会に拒絶されるイラク人孤児や、国民の期待を一身に背負うアジア系女性宇宙飛行士など、さまざまな生き様が描かれていく。

で、それはとにかくすごく面白くて、ストーリーに引き込まれることは間違いないんだけど、個人的には、最終的なところでどこか心のどっかが醒めたままこのマンガを読んでいることにも気づく。
この物語の大きなテーマは、「宇宙に行く」「月に足跡を刻む」という「夢」の代償として、何かを諦め、何かを失ってゆく人々のビルディング・ロマンでもあるのだけれど、この「夢」がきわめて素朴で絶対的なものとして(おそらく作者が意図的に)措かれているからだ。
僕には、そうしたものを「夢」として持つ資質は全くない。

ただ、そこがまた妙にリアルにも感じられる。
いわゆる「エリート」「勝ち組」の人と話すと、かなり素朴な人が多いのに驚き、納得することが多い。
本当に純粋にある一つのとても分かりやすい絶対的な「夢」を、疑問をもたずに設定し、そこに向かって、さまざまな犠牲を払うことを当然としながら、嬉々として、ポジティブに一直線に走ってゆく。そんな資質が、「勝ち組」の人たちにかなり共有されているメンタリティであり、また、そういうブルドーザーみたいなタイプでないと、フロンティアやカリスマにはなれないのではないだろうか?
最近話題のこの人なんかも、ブログから拝察する限り、その典型のように思う。

その「夢」を、あえて宇宙という、もっとも分かりやすいところに設定したことで、このマンガの物語の軸はぐっと引き締まり、あとはどれだけ複雑なストーリーを詰め込んでもぶれることがない。


僕には、こういうメンタリティがないのが、根本的に「勝ち組」になれない由縁なんだろうなぁ、と思う。
先日も親しい某先生に、「五十嵐は本当、目標が低い。手近な周囲と比較して何とかなってれば、あとはとにかく自分を甘やかすよね」と延々と苛められたが、まさにその通り。

それどころか、「勝ち組メンタリティ」とも言うべきものを持っている人はむしろ、苦手の部類に属する。
単純に一緒にいると疲れてしまうのだ。キャパシティの少ない人間なんだな、とつくづく思う。

でも、自分だけじゃなく、世の中ほとんどの凡俗にとってもやっぱりそうみたい。
人間観察としてなかなか面白いので時々見るフジの「あいのり」で、気になる人がいると、HPでその後の展開をチェックしたりということをするのだけど、一ヶ月ぐらい前まで「あいのり」していた美紀に対するバッシングがそんなようなものだった。

勝ち組メンタリティを持っているのは、別にみんながITベンチャーの社長や宇宙飛行士だけではない。達成すべき点を何と措くかはあまり関係なくて、何らかの目標を持ってそれに向けての努力を犠牲を惜しまなけらば、まさに勝ち組メンタリティの持ち主といえる。
分からない人には分からないだろうけれど、この美紀という人はまさにそうで、容姿に自信のある地方出身の女の子なんかに結構あるタイプだと思う。

その子の、周囲の人を振り回すまでにとにかく前向きで、幸福の追求に貪欲な人生観に、ほかのメンバーも反発し、視聴者は掲示板でバッシングしていた。
中でも、東大卒・京大院生のハカセというあいのりメンバーがいて、彼などは美紀に、「美紀はなんか鎧をかぶって弱い自分を守っている気がする」とイタイ説教をし、当時の掲示板は、そうだそうだ、の大騒ぎだった。

もちろん、このハカセの説教は、旅には飽きたんだけど幕引きの体裁を気にするかのように、自分にアタックし続けた男の告白に答え、日本に帰ってくるとそれをあざ笑うかのようにFLASHで「Tバックのセクシー肢体」を晒す美紀には、さっぱり響いているように見えなかった。
僕なら、こういうキャラの持ち主に対しては、適当に相手をいい気分にさせながら遠巻きに付き合い、チャンスがあれば何か美味しいめにあずかろうとするだろうが、アフリカを少人数でずっと一緒に旅行するような閉鎖空間では、いてもたってもいられなかったのかな。

しかしもっと興味深かったのは、このハカセの説教をきっかけに、番組全体が、「美紀が鎧をかぶるに至った隠されたトラウマは何か」という方向にシフトしていったことだ。
それで、「両親の離婚」という、あまりといえばあまりに陳腐な理由を発見し、「美紀は本当は弱い子だけで、ここまで虚勢を張ってがんばってきたんだ」と、メンバーも視聴者も急速に納得し、解釈のできなかった他者のすわり心地のいい場所を見つけて安心していく。

こういう、「勝ち組メンタリティ」を持って強烈な前向き上昇志向を隠さない人って、実は弱さを抱えて虚勢を張っている子なんだ、ていう納得の仕方って、すげぇ定番ですよね。
「惣流アスカ・ラングレーを発見したい症候群」とでも言えばいいのでしょうか?(笑)

しかし、僕の知る限り、「勝ち組メンタリティ」を持っている人の多くは、本当にただ単純にポジティブなのであって、そこにはトラウマなど本来は何もないのですよ。とても凡俗には理解することの難しい人種ですが、変なトラウマを捏造して納得してしまうのはよしましょう。
また(強引に最初に戻すと)、そういう人たちがいてくれないと、月の資源は開発できないのですよ。

僕自身は、彼らのことは尊敬はしますが、あまりディープにかかわるのはごめんですねけどね。
疲れちゃうから。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

July 06, 2004

それにしても驚きましたね

最近、なんだかよく分からない忙しさが続きます。
先週末から週明けにかけては、所沢→長浜→彦根→岐阜と強行軍の出張をしていたのですが、帰ってからも何故か飲み会続きでした。

そんなこんなで、EUROも結局満足に見れなかったわけだけど(4年前は、バーミンガムの自室やパブのテレビにかじりつきで見てたかと思うと、感慨しきり)、さすがに無理をして準決勝・決勝だけは見ましたよ。
実は今回オランダ&チェコに張っていて、4強が出揃った時点では勝ちを確信したんだけど、なんともはや。

以前ラグビーW杯のときに書いたように、スコア表にきれいな黒白が並ぶラグビーと違って、サッカーは本質的に貧者のスポーツなんだけど、それにしても、日韓W杯以来の流れはすごいですよね。
W杯で韓国がベスト4になるのと、CLでモナコとポルトが決勝を戦うのと、リベルタドーレス杯でオンセ・カルダスなるチームが優勝するのと、EUROでギリシャが優勝するのの、どれが一番番狂わせか・・・なんて議論は無意味だけど、少なくともこれで韓国怪進撃=審判買収なんていう記憶は、かなり相対化されることでしょう。

これを監督の力量=チームの完成度にのみ帰結させちゃう最近の論調も今ひとつ違和感がないわけではなく。
というよりも、サッカーという競技の孕む、本質的な偶発性、そしてrelational-orientedな性質を感じさせるなぁ。そして、その偶発性やrelational-orientedをビルトインしたシステムにおけるスターシステムand/or市場価値の値付けとは、いったい何なのかと、漠然と考えます。
たとえば、これでギリシャ選手の大半には、すごい値が跳ね上がっちゃうんだろうか。それもなんか違うわけですよね。といって、EUROに優勝した選手よりも価値のある選手って、それじゃ一体なんなのだろうか。継続性? むろんそれもあると思うけれども、ザゴラキスやらハリステアスやら最近名前をようやく覚えた選手たちは、6試合にわたって最高のパフォーマンスをするという、十分な継続性を発揮しなかっただろうか? ただし、ギリシャ代表チームにおいて、という但し書きがつくのだろうけれども。

しかしまあ、サッカーだけでなく、すべての社会が多かれ少なかれ偶発性を抱え込んでいるし、個人の能力はがどれほど発揮されるかは、周囲との関係性がどれほど成熟しているかに全面的に依存する。
だとすると、そういった中で「市場化された評価システム」に全面的に依存したメリトクラシー(能力主義)の論理で、個人を評価していくこと、っていうことの、本質的な難しさを感じますね。サッカー選手メルカートという、あれほど成熟した市場を介しても、あれだけの番狂わせが起こるわけだから、一般の評価システムの困難は、ねぇ。


| | Comments (0) | TrackBack (1)

« June 2004 | Main | August 2004 »