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April 11, 2004

どうして誰も逢沢身代わり案を言わないのだろう?

 先方の予告期限一日を切って切羽詰る中、確かに技術的に実現困難なのはわかるが、「人質交換」の呼びかけだけでもするべきだ、の声があがらないのは不思議でならない。
 マスメディアはおろか、ずいぶんサイトやブログも見て回ったが、同じことを言ってるのは、masa-nさんのところだけだ。

 そんなに阿呆なことを言っているかな? そうは思えないんだけどな。もしや上から下から、この可能性さえも考えてないのかと思って、首相官邸から外務省から各種報道番組まで「身代わり案」について軽くメールしてしまった(笑)
 ブログ開始早々「プロ市民」扱いされることもなんなので一応言っておくと、こんな大規模に公的機関に意見メールを出したのは、まったくもって初めてのことである。(単独の対象に対しての意見メールは2~3回経験があるが)

 撤退が下策だと考えるのは、ここに書いたとおり。米軍に泣きついての救出強行--それとて、犯人を特定できれば、の話だが--がそれ以上に望ましくない選択肢であるのは言うまでもない(アメリカに対しての巨大な借り+一般民衆レベルのイラク人に、やはり米日は一心同体だと思わせてしまう)。

 その限られた状況の中での「逢沢身代わり」案であるが、これは、あくまで第一義的には国内的な視点からの発想である。言い方を変えれば、政府と(自分を含む)国民の間の信義/契約に関する問題である。

 撤退もダメ、突入も厳しいとなれば、どうしても我々は「退避勧告無視してイラクに行った連中の自業自得だ」という投げやりな結論に逃避したくなる。しかし、それで本当にいいのだろうか?
 確かに僕自身、多くのウェブ世論と同じく、イラクのような国での「民間支援活動」の実効性には、多少の疑問を抱いてもいる。しかし確実に言えるのは、彼らの活動は当地の親日感情醸成にわずかなりとも資するものであった、ということだ。極言すれば、サマワで自衛隊が今のところ戦火を交えなくて済んでいるのは、長期間にわたる日本人による(欧米と比べれば一応中立的な)「支援活動」--それには、80年代以前のODAも含まれる--の賜物とも言えるのである。
 福田や小泉がいかなる詭弁を弄しても、自衛隊派遣がそうした活動を困難なものにし、ひいては今回の最悪の展開まで惹起したということ、そして当の自衛隊自身は、そうした活動の蓄積のおかげで何とか「平和的に」駐留できている、という事実は否定しようがない。
 今回のようなリスクがありうるとわかった上で、それでもそれに上回るメリットがあると天秤にかけて、自衛隊派遣は政治決定されたはずだ(本当はそんなこと考えてもいないだろうが、少なくとも筋論では)。だとするならば、そうした民間活動家を危機に陥れた責任を政府が取らなければならないのは、当然の理であると考える。それが政治というものだし、もっと一般的にいえば、「上に立つ者」の身の処し方だ。

 思考停止した「憲法を守れ」論者を別にすれば、われわれが問うてきたのは、「政府は本当に派兵に伴って国民の生命を危険にさらすリスクをわかっているのか」「危機が現実のものになってきたときに、責任をとる覚悟はあるのか」ということだったはずだ。その命題が今日、これほどまでに鋭く突きつけられているのだ。

 もっといいアイディアもあるのかもしれないが、とりあえず現時点で僕が思いつくもっともマシな「政府の責任のとり方」「覚悟の示し方」が、逢沢身代わり(を少なくとも呼びかけること)だ。
 そんなこともできないというのであれば、僕は、そんな国家の国民をシコシコ税金を払いながらやっていたくはない。
 とりあえず、最低でも、逢沢がアンマンにいるのは我慢ならない。バグダッドに行けよ。

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Comments

なぜ、身代わり案が出ないのか?

それは多分、ごくごくシンプルなことだと思いますよ。

だって、交渉相手がわからないから。

先ほど出た(今午前4時過ぎです)「24時間以内に解放する」という声明だってアルジャジーラを通じて行われているように日本政府と当該組織との間には直接のチャンネルがないわけです。

日本と北朝鮮ですら、実際には何らかのパイプがあって交渉が行われています。それがない以上、身代わりなんて言うことを言い出せないわけです。

もちろん、メディアなどを通じて訴えればいいという考えもあるでしょうが、一国の副大臣が身代わり表明をして無視されれば、それなりに日本の今後の外交に差し支えることすら考えられるわけです。

もしかしたら、我々の知らないところで、何らかのチャンネルがあり、逢沢身代わり案だってその中のオプションとしてあがっていたのかもしれない。
でもチャンネルがあったらあったで確定するまではそんなことは口外されるわけがないんです。

(拉致問題で、森が安易に「ヨーロッパで発見されたことに・・・」なんて公の場で行ってしまったために、そのオプションがかえって閉ざされてしまったことを思い出してください)

今回、非情に感じるのは失礼ながら、皆さんの外交音痴なところ。
そりゃ、メンツやプライドなんてという考え方はわかりますよ。でもそれな実害が伴わないとき。
異なった文化、時にはこじれた歴史的な過去を持つ国々が丁々発止のつばぜり合いを繰り広げる外交の世界に於いてはメンツやプライドは、実害が伴うのです。

もちろん、一般的には我々国民がそこまで気を遣う必要はないでしょうが、政府は必ずしも言いたいことをいえるわけではないし、口でこういっておいて、実際には全然別なことをしているときもあるわけです。(いい意味でも悪い意味でも)

マスコミも含めて、そこまで読んだ取材をしているところは少ないように思うのが残難なですけれどね。

まあでも、解放の方向に向かうようですから結果オーライじゃないですか。

一番胸をなで下ろしているのは小泉でしょうが。

Posted by: Eddie | April 11, 2004 at 04:24 AM

コメントどうもありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。

 確かに、ほかの多くの皆さんと同じく、「外交音痴」と言われればそうでしょうね。何せ、外交の現場に立ち会ったことなどありませんから。(まあ、でも開き直るようなことは言いたくはないですが、そんな人、日本人であれ何人であれ、そうそうはいないでしょうね。ただ、外交官の友人はいます、その友人もEddieさんに「外交音痴」と揶揄されても仕方ないようなキャラクターですが ^^)

 まあ、こんなことを論じるのも今更感はありますが。
 本文の中でも断っていましたとおり、「逢沢身代わり案」は、第一義的には対内的な責任として必要である、として提案したものでした。そういった意味では、まず第一に、日本の国内マスコミその他が、「逢沢そのぐらいせえよ」と主張することはすべきではないか、と。そこまではとりあえず、「外交」の次元ではないし、異文化とのどうのこうのという問題は生じませんよね、ということでよろしいですか? (ちなみに僕が「不思議に思っていた」のは、政府が身代わり案を言わないことでなく、マスコミ・ウェブ世論ともに、誰も「身代わり差し出せよ」と言ってなかったことです)

 さて、それではEddieさん流にいえばオプションとして確定しない段階で、「身代わりになる用意がある」声明を出した場合。なんらのチャンネルもない状態でアル・ジャジーラなどを使ったとすると、確かに無視される可能性は高かったでしょう。しかし、そこからが「外交音痴」な小生にはよくわからないのですが、これで対外的に失うメンツとは何ですか? 対外的なメンツが重要というのは、僕なりにわかるつもりです(ただ、ことここに至っては国内向けの面子は捨てていただきたい)。しかし、身代わり声明が無視されることによって国家威信に重大な傷がつくというところがよくわからない。別にテロリストの要求に屈したわけではない、その上でむしろテロリストと対峙すべく、政権担当者自らが身を投げ出した、というのは、成功・失敗問わず、むしろ対外的に国家威信を増大させる目のほうが大きくありませんか? (ここの出目は、Eddieさんが外交というものを多少なりとも心得ていらっしゃるのならば、ぜひお教えいただきたいところです。) また、本当に何のチャンネルもないのならば、この声明が呼び水となって何らかのチャンネルが開かれる効果は大いに期待できたでしょう。総合的に考えて、あの時点では考えうるもっともマシな一手(のひとつ)ではなかったでしょうか? 撤兵しない&民間人の解放という結果&自衛隊の駐留するイラク人の反日感情あおらない&国内政局対策&交渉の糸口作りをすべて同時に満たせるものとして。むろんいかなる選択にもリスクとコストは付き物ですが、それは、上記のようなメリットをひっくり返して余りあるほどのものだったでしょうか?

 そういう意味では、チャンネルが開かれているのに、「一つの未決定の落としどころ」を口を滑らせてしまった森さんの例は、この場合にはあたらないと思います。僕は、日本とテロ組織の間に何らの直接的なチャンネルもない、という前提のもとで「逢沢身代わり案」を言っていたのであって、もしチャンネルが開かれていたのであれば、交渉中にそんなことを言うべきでないのは、当たり前すぎるほど当たり前の話です。

Posted by: yas-igarashi | April 11, 2004 at 05:19 AM

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